「オッス!トン子ちゃん」(ポプラ社)
2002年に扶桑社よりコミックス全1巻が発売。昨年12月には、続編となる描き下ろしを含め、全3巻としてポプラ社より発売された「オッス!トン子ちゃん」。ついに完結した「オッス!トン子ちゃん」の発売を記念して、トン子の魅力に迫る!
■「オッス!トン子ちゃん」とは?
喫茶店のマスターに片思いする少女の話といういかにも70年代の少女マンガにありがちな設定。むろん作画も少女マンガを忠実に模していた。しかし、その内容は、絶対にその時代には描かれることのないものであった。そもそも、主人公の少女・トン子は、決してヒロインとはいえない太っちょキャラだったのだ。
「オッス!トン子ちゃん」全3巻(ポプラ社)
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それだけではない。岡本太郎の作品に感動したトン子が芸術とは何か、己とは何かを問う哲学的なテーマさえも包み込み、最終的にはかつての少女マンガの王道ともいえる「ありのままの自分を肯定する」という救いさえも描いてしまった。しかも、それが独特のギャグの上で奇跡的に成り立っており、言っていることはあまりにもまっとうなのにもかかわらずまったく説教くさくなっていない。そんなはっちゃけた内容でありながらも少女マンガとしても面白い作品に仕上がっているのがこの作品の恐ろしさ。この規格外の少女マンガはどのように生まれたのだろう。前編ではトン子の誕生までの軌跡を追う!
■トン子、その前に
『マンガ漂流者(ドリフター)』16回 マンガ家らしくないマンガ家・タナカカツキの仕事Vol.1
当連載では『マンガ漂流者(ドリフター)』16回 マンガ家らしくないマンガ家・タナカカツキの仕事として、6回にわたりマンガ家デビューした80年代から90年代までの活躍を紹介した。タナカカツキの活動履歴を追うことで、80年代半ばから90年代にメジャー化し、単なるジャンルになってしまったサブカルチャー(今でいうサブカル)とは何なのかが見えてきた。なんでもありの玉石混合の時代から生き残り、作品を発表し続けているタナカカツキという存在がいかに特殊なのだと思い知らされたのであった。
「逆光の頃」(太田出版)
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タナカカツキがマンガを投稿し、賞を獲ってデビューしたという事実はあまり知られていなかったようで、連載への反響は大きかった。ちょうど叙情派時代の名作「逆光の頃」が同時期に新装版として蘇ったことも重なり(いや、意図的に重ねたんだけど)、「タナカカツキってマンガ家だったんだ!どうりでマンガがうまいわけだ!」と読者の見聞を広めることができた。そう、タナカカツキのマンガって面白いんですよ!と声を大にして言いたかったわけです。
雑誌に連載し、単行本化するといったふつうのマンガ家が辿る道を歩まないマンガ家だっている。特に90年代とは「王道」がダサい時代であり、総サブカル蛸壺化!という狂った時代。タナカカツキのようなマンガ家が生まれたこととは、無関係ではないはず。にもかかわらず、評価されてこなかったばかりか無視され続けるのは変だし、誰もそれをやらないなら私がやるしかない!というのがこの連載の良いところなのでしたと自画自賛終了。
■トン子、はじめて物語
80年半ばから90年頃までは、「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)、「モーニング」(講談社)、「コミックギガ」(主婦と生活社)など、マンガ雑誌に作品を発表していたタナカカツキだが、次第に活動の場をマンガ雑誌以外に広げ、今ではマンガ雑誌での連載をまったく持っていない。かつて、パルコのフリーペーパー「GOMES」に連載していた『バカドリル』で、コマを割ることさえも放棄し、マンガという枠を踏み外したタナカカツキのマンガ表現拡張への挑戦は続いていた。紙からCG、映像、アニメーションへと手法が変わり、「もうそれマンガって言えないんじゃないの?」と突っ込まれたとしても、本人がマンガだと言えばそれはマンガなのである。手塚治虫や赤塚不二夫を例にあげるまでもないが、マンガとは本来、懐の広いなんでもありの表現だったのだ。
「トン子BOX」(アジールデザイン)
メディアが変われば表現も変わる。紙という制限から解き放たれたタナカカツキは、色やかたち、音楽と表現の幅を広げていった。そして、1999年から2002年にかけて制作した「でっちあげアニメーション」シリーズの一つとして産声を上げたのが「オッス!トン子ちゃん」だったのだ。一般的にマンガが原作となり、アニメ化されるのが正しい順序なら、「オッス!トン子ちゃん」はその逆。架空のアニメ「オッス!トン子ちゃん」のエンディングテーマとして制作された「ひとりぼっちのトン子」が先に世に出るという本末転倒ぶりだったのだ。
さて、このアニメの本編といえるマンガ版「オッス!トン子ちゃん」はいったい、どこで発表されたのだろうか。連載の形式になっている「オッス!トン子」だが、どこかに連載していたわけではない。個人的にタナカカツキがこつこつと描き溜めていたのだ。どこにも掲載される予定がないのに!しばらく、仲間内だけで楽しまれていたトン子だったが、2002年にアジールデザインより描き下ろしコミックスとDVD、シールやバッチなどが入った通称「トン子BOX」を発売された。トン子に魅せられた友人の一人でデザイナーの佐藤直樹の働きによるものだった。その後、2005年には扶桑社から文庫版「オッス!トン子ちゃん」が発売。単行本から文庫化することが世の常だが、ここでも順序は逆。タナカカツキは逆とギャグが好きすぎる!狙っているのだろうか?
そして、昨年12月にポプラ社より発売された「オッス!トン子ちゃん」全3巻。衝撃のトン子・デビューから早7年。まさか続編が描かれ、完結しようとは夢にも思わない。青天の霹靂とはこのことを言うのだろう。もしくは7年殺しか。
ちなみに、扶桑社から発売された文庫版の最終ページに踊った次回予告ページには、「次章はフィクションです。これらの次章は実際には存在しません」と記された上で、「いつもの喫茶店『待夢』で、スピーカーから音が鳴らなくなったのでCDプレイヤーを叩いて直そうとするトン子、でもそれはCDプレイヤーの故障ではなく、ジョンケージの4分33秒という無音の曲だった!ケージの現代音楽理論に打ちのめされるトン子の精神はやがてミニマルミュージックへ、そして電子環境音楽へと傾倒する。
抱腹絶倒の次章『おしゃべりヘッドホン』」という、マンガ化するのはあまりにも無茶すぎる内容が書かれていた。ここにははっきりとタナカカツキの中で前衛とギャグがイコールで結ばれていることが分かる。この次回予告は残念ながらポプラ社版には収録されていないので、文庫版で確認してほしい。あなたの脳内だけで新たなトン子ストーリーが展開されることだろう。
「でっちあげアニメーション」の一部は、DVD「タナカカツキのタナカタナ夫DVD」(2005年/アップリンク)にも収録されている。
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さて、次回の後編ではさらにディープなトン子・ワールドにダイブ!トン子の魅力を存分に紹介しまーす。おもしろさ保証付き!
※お詫び
『マンガ漂流者(ドリフター)』30回 彼女という才能は、まるで彗星のように現れたでお知らせした後編は都合により掲載を見合わせることとなりました。楽しみにしていただいていた方には申し訳ありません。また、別の機会で市川春子については取り上げたいと思います。(吉田アミ)
ここでお知らせ!
マン語り-MANGATARI- Vol.1
うえやまとち先生の「クッキングパパ」意外な魅力を語りまくり!
■TALK:吉田アミ、中村賢治(時代屋店主)
■日時:2010年2月21日(日) 16:30 open/17:00 start
■料金:1000円(1D付) ※差し入れ歓迎!
■場所:荻窪ベルベットサン(杉並区荻窪3-47-21 サンライズビル1F)
荻窪駅南口を出て左手に真っすぐ行きラーメン二郎、ファミリーマートを越えて100円ローソンの隣になります。
■予約:tron@velvetsun.jpまで、タイトルに2/21「マン語り予約」と記入してください。
■吉田アミPROFILE
音楽・文筆・前衛家。1990年頃より音楽活動を開始。2003年にセルフプロデュースによるソロアルバム「虎鶫」をリリース。同年、アルスエレクトロニカ デジタル・ミュージック部門「astrotwin+cosmos」で2003年度、グランプリにあたるゴールデンニカを受賞。文筆家としても活躍し、カルチャー誌や文芸誌を中心に小説、レビューや論考を発表している。著書に自身の体験をつづったノンフィクション作品「サマースプリング」(太田出版)、小説「雪ちゃんの言うことは絶対。」(講談社)がある。2009年4月にアーストワイルより、中村としまると共作したCDアルバム「蕎麦と薔薇」をリリース。また、「ユリイカ」(青土社)、「野性時代」(角川書店)、「週刊ビジスタニュース」(ソフトバンク クリエイティブ)などにマンガ批評、コラムを発表するほか、ロクニシコージ「こぐまレンサ」(講談社)やタナカカツキ「逆光の頃」の復刻に携わっている。現在、マンガ批評の本を準備中。
・ブログ「日日ノ日キ」