1月23日(土)より公開となる『サヨナライツカ』。前作『私の頭の中の消しゴム』で世界的なヒットを獲得したイ・ジェハン監督が中山美穂、西島秀俊、石田ゆり子といった日本の名優を起用し、タイ、日本そしてアメリカと国境を越え、そして70年代から現代まで時代を越えて人間の持つ欲望や愛情、運命的な結びつきを描いている。匂い立つようなバンコクの風景をはじめとした艶やかな色彩感覚と、登場人物の細やかな心の動きを伝える演出により、人生における大きな問いかけを投げかける物語を見事にまとめ上げている。待望の新作について、監督はジェントルな物腰で、ひとつひとつの言葉を選ぶように語ってくれた。
ロバート・フロストの詩と重なる物語
── まず、辻 仁成さんの原作『サヨナライツカ』を読まれたときの感想からお願いします。それをどのように映像化しようと思われたのでしょう?
成熟した視覚で愛を描いているというところにとても強烈な印象を受けました。小説のなかに〈岐路〉という言葉が出てくるのですが、僕はそこを重要にしました。映像化するにあたって、この人生の選択についてどうにか描けないかと考えました。それからタイトルの由来にもなっている光子の詩について、最初に読んだ時は平凡な詩だなと思ったのですが、読んでいくうちに、また小説を読み終わった時に、とても深い意味を持って心に迫るものを感じました。人生の全てがこの詩に集約されているようでいて、同時にアイロニーも感じたんです。そして小説は独白形式なんですけれど、これを変えない限りは映画にしにくいと思ったので、この変化により映画と小説はかなり異なるものになったと思います。〈岐路〉についてなんですが、僕がかつて読んだロバート・フロストの『行かなかった道』というとても好きな詩と重なる部分があって、それをイメージして新しいものを作りだしました。
── キャスティングについてですが、監督自らラヴコールを送って中山美穂さんの出演が実現したということで、中山さんに対してはどのような女優さんであるというイメージを持っていらっしゃいましたか?また実際撮影に入られてからの中山さんについての印象はいかがでしたか?
中山美穂さんを初めて知ったのは映画『Love Letter』(1995年)でした。この映画を観てほんとうに彼女の大ファンになりました。その時のイメージは〈汚れのない魂〉のようなものを感じましたし、今回一緒にお仕事をするようになってからは、人間的な魅力を持った方だと感じました。同時になかなか本心を見せてくれないようなミステリアスなところもあって、いろんな意味で魅力的な方です。透明感のある強さというのでしょうか、目の前にいたらよそ見できないような強さを持っています。それから、演技に入るとあまりにも繊細なので驚きました。そして彼女の魅力的な眼をどう活かすかというところで、アイメイクについてはいちばん気を遣いましたね。
── 原作者の辻さんとは映画化にあたり、どのようなお話をされましたか?
2007年の5月にパリにいらっしゃる辻さんに初めて脚本の初稿をお送りしたんです。それからは一切その後はこうしてほしいという会話もありませんでした。ただ、その際に直筆で「おめでとうございます、この映画はあなたのものですから、あなたが自由に作ってください」というお手紙をいただきました。
── それから撮影に至るまでシナリオで変化したところはどんなところですか?
他の監督はどうか解らないんですけれど、僕はシナリオを書いている途中も撮っている時も、撮りながらも、撮影が終わって編集している時も、常にシナリオ通りにはしないタイプなんです。全てが進化の過程なので、ずいぶん変わったと思いますが、キャラクターに変化はまったくありませんでした。実は、完成した本編には出ていないんですけれど、沓子と光子がタンゴで対決するシーンというのが入っていたんです。振り付けの指示までしていたんですが、いろんな条件が合わず撮影できなかったのは残念でした。
映画『サヨナライツカ』より (c)2009 CJ Entertainment Inc. All Rights Reserved.
── 豊が登場しない、原作ではなかったと思われるシーンを盛り込んだのは?
おっしゃられた点が小説と映画のいちばん違う大きな部分だと思います。実は独白形式の小説を映画にするというのは容易なことではないんです。オリジナルのシーンを加えることで、小説との違いを加える意図はありました。こうした構図がひとつくらいなくてはと思い、盛り込むことにしました。豊、沓子、光子、3人それぞれが愛や夢や欲望のために一生懸命努力したということを表現したかったんです。
── 西島秀俊さん演じる豊は周囲からは好青年と呼ばれて、エリートであり上昇志向のある人物ですが、「心がからっぽになった」という台詞があったように、どこか常に心に空虚なものを持っていると感じます。そうした危うげなところや二つの異なる表情を西島さんは見事に演じていると思います。その豊のキャラクターの持つ空虚さについて、監督はどのようにお感じになりますか?
豊というキャラクターを通していろんなことを象徴させて表現したかったんです。特に男の人は社会においていろんなプレッシャーを感じると思うんですけれど、それは自分がやりたい夢と現実、理想していたものがあまりにも違いすぎるというような、頭と体で考えているものがまったく違うものが出てきてしまった時の焦燥感や、また逆に夢を手にした時の喜びですとか、そういったものを彼を通して見せたかったのです。夢と現実が一致しなかった時の虚無感のようなものを彼を通して描きたかった。豊はエリートで好青年と周りから言われているがために、いろんなことが自由にできないわけです。それがいちばん象徴されているのが沓子との恋愛です。また豊の存在というのは夢、現実、理想のなかでいつも人間は何かを選択しなければいけない我々の代表であると思います。外見は好青年ですが、実はその中身というのはほんとうに燃えるような欲望を抱えている。西島さんとはこのようなことを踏まえながら、複雑な役柄をどのように演じていくかたくさん話し合いました。
グローバルな企画こそが今後の映画化のトレンド
── 韓国の出資と演出、日本の原作と俳優、タイと日本で撮影とグローバルな企画ですが、こうした交流は今後どのような可能性を持つでしょうか?
僕は韓国系アメリカ人なんです。ふたつの文化で育ってきたので、他の文化に接するときに恐怖や不安というものを感じないんです。それが今回のプロジェクトにうまく影響したんだと思います。いまの映画界ではそうした企画は多いですが、ある意味これが今後の映画界のトレンドになっていくのではないかと思います。他の国の人とはやりたくないという排他主義的か考えがない限りは、どんな国の人であれ、一緒に仕事をすることはできると思います。
── 映像美というのも今作の魅力だと思いますが、ロケーションに対するこだわりについて教えてください。
ロケ地を選ぶときも、撮影するときにも、僕自身も言い表せないのですが、僕の全てを刺激する何かがないと駄目なんです。それは幅であったり深さであったり色であったり、また香りであったりもするんです。僕の頭と心を虜にしてしまうような魅惑的な何かがないといけない。
── 3人がそれぞれ夢や愛や幸せになるために努力していますが、映画のためにいちばん努力したのは誰だと思いますか?
うーん、誰でしょうね……。3人3様の努力の仕方があって、その形は違ったと思います。豊は夢のために、沓子は愛のために、光子に関しては自分自身や家族、社会一般的なことも含めて様々なことを完成させるために努力していたと思います。── 今作のテーマは〈岐路〉ということですが、監督ご自身が監督業を続けられる際のいちばん大きな〈岐路〉というのはどんな出来事でしたか?
僕はいつも選択ばかりしていますよ。ただ、ふたりの女性をどちらにしようかと選択するという悩みは今までにありませんでした(笑)。女性と仕事のうえで葛藤したことはあります。1作目を作っていた時に、資金難に追い込まれた時がありました。その時に、付き合っていた彼女から「映画をとるのか自分をとるのか」と迫られ、僕は映画を選びました……この続きはつまらないのでここで終わりにしますが(笑)。選択や岐路というものは、日常生活にいつもあるものだと思うんです。ハンバーガーならマクドナルドにするかバーガーキングにするかといった小さなことでいつも人間はなにか選択をしています。それが運命的なことに繋がっていくのです。
(インタビュー・文:駒井憲嗣 撮影:Koji Aramaki)
イ・ジェハン プロフィール
1971年、韓国・ソウル生まれ。12歳でアメリカに渡り、様々な文化や人種の影響を受けて育つ。15歳から短編映画を作り始め、ニューヨーク大学で映画を専攻。短編映画を40本余り制作する。1998年『The Cut Runs Deep』で長編監督としてデビューを果たす。2004年、長編映画2作目となる『私の頭の中の消しゴム』の脚本・監督を手がけ、韓国で260万人を動員、社会現象を巻き起こす。日本でも歴代韓国映画の興行収入1位となる30億円の大ヒットを記録。そして原作に惚れ込み『サヨナライツカ』の映画化に着手。さらに深くドラマチックになったラヴストーリーを完成させた。
映画『サヨナライツカ』
1月23日(土)
新宿バルト9、丸の内TOEI②ほか全国ロードショー
監督・脚本:イ・ジェハン
出演:中山美穂/西島秀俊/石田ゆり子
原作:「サヨナライツカ」辻 仁成(幻冬舎文庫)
配給:アスミック・エース
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