珍しいキノコ舞踊団の美術を手がけるモリオ(左)と主宰の伊藤千枝(右) 撮影:後藤武浩(ゆかい)
今年で結成20年を迎えた珍しいキノコ舞踊団が1月22日(金)~25日(月)に世田谷パブリックシアターで2年半振りの新作『私が踊るとき』を発表する。日本大学芸術学部在学中に同カンパニーを結成した主宰の伊藤千枝と、10年以上に渡り“キノコ”の舞台美術を創り続けてきたモリオに、新作について、そしてそれぞれの“私が踊るとき”について聞いた。
2年半振りの新作『私が踊るとき』
──2年半振りの新作ということですが?
伊藤千枝(以下、伊藤):はい。その間にいろいろと作ってはいますが珍しいキノコ舞踊団(以下“キノコ“)単独としては2年半振りの新作です。
──『私が踊るとき』は、どんな作品でしょうか?
伊藤:“踊りが好き”という気持ちで始めてこれまで作品を創り続けてきた中で、踊りというものを、何かを物語るための表現方法のひとつとして、捉え始めていたところがありまして。純粋なダンスに対する思いからは違う方向に来てしまったかな、と思いました。20周年ということもあり、もう一度自分の足元を見て、ダンスが好きだから踊る楽しい感じ、身体を動かすと身体が喜ぶという単純なこと、そういうものだけに焦点を絞って「踊りたい!楽しい!」という衝動に素直に従って作品を創ってみたいなと思ったことがこの作品の出発点です。私がすごく踊りたい曲だったり、また他のメンバーに踊ってみたい場所などについて尋ねながら、そのシチュエーションを美術のモリオに作ってもらいました。
『あなたの寝顔をなでてみる。』(2007年・吉祥寺シアター)より/撮影:片岡陽太
──モリオさんは、いつから美術として参加されているのですか?
伊藤:10年くらい前です。1998年にラフォーレミュージアム原宿で公演した『私たちの家』ですね。以降、ほぼ全作品で美術をやってもらっています。
──どのようなきっかけで参加されるようになったのですか?
モリオ:騙されたんです。
伊藤:伊藤:2000年に入るくらいまでは常に騙し騙しやっていましたね(笑)。キノコのメンバーたちが出入りしていた「P-House」というカフェ(現ギャラリー)がありまして、彼はそこのスタッフだったんです。
ぽんっと投げると変化球が返ってくる
──あの独特な世界観は、伊藤さんとモリオさんが話し合って創り上げているのですか?
伊藤:そうですね。だいたい私が「こういう作品にしたい」というのを、ぽんっと投げる。何もないところから彼とは話をし始めます。ダンス作品は、ひとつのシチュエーションの中で展開していきがちなのですが、今回はどんどん場面展開をしたいんだという話をしました。モリオは「えーっ!」て(笑)。私が付き合っている人は皆そうなんですけど、特に彼からは変化球が返ってくることが多い。刺激的なアイデアをいっぱいくれるんです。だからこちらでアイデアを固める前に彼に振って、彼が出すたくさんのアイデアの中から、これいいね、面白いね、と選ぶ中で出来上がっていきます。私が想像もしないようなアイデアが出てくることもあるので、彼の世界観が好きですね。
──投げるというのは言葉を?
伊藤:そうです。昔は「こんな感じ!」と絵を描いたこともあるのですが、私は本当に絵が下手で… バカにされるのでもう描きません。その代わり、言葉で。
──これだけ長い付き合いになると、伊藤さんの言わんとしていることもよくわかるのでは?
モリオ:わかるようになってきましたね。昔は「何言ってるんだろう?」と全くわからなかったこともありました。今は「こういうのが欲しいんだろうな」というのが何となくわかります。
──これまで苦労した作品などありますか?
モリオ:やっぱり一番最初の作品『私たちの家』ですね。あまりに大変だったので、舞台美術はもう二度とやるまいと思いました。ラフォーレの舞台に部屋を作ったんです。“キノコ”の部屋を作ってくれと頼まれて。木の床と木の壁と、そしてそのうえタイルも貼るという大掛かりな部屋。
『私たちの家』(1998年・ラフォーレミュージアム原宿)より/撮影:片岡陽太
伊藤:メンバーの家中から、2~3人分の引越し荷物になる量の家財を運んできたよね。舞台美術でなく、本気の部屋。さらに、本気で踊れる部屋。それを創ってもらった。あのときはへとへとという感覚を超えていたよね。
モリオ:達成感より安堵感でした。「終わった…」という。
伊藤:伊藤:彼は普段、家具や内装の仕事をしているので、舞台美術といえども椅子や机などを本気の家具として創ってくれるんです。当初ダンスで使うというイメージがわかなかったらしくて。「頑丈にして」とリクエストをしますが、ダンスでは普通かからない力のかかり方をするので、何度も壊し、その度に直してもらいました。それで『私たちの家』の美術が最高に良かったので、その次の作品もお願いしました。
最初は全くわからないし、面白くもなかった
──最初の作品で大変な思いをしたにも関わらず、その次の作品も引き受けたのは、やはり“キノコ”の魅力?
モリオ:そうですね。『私たちの家』でリハーサルを観てくれと言われたのですが、それまでダンスのシーンには一切関わってこなかったんです。観ても全くわからない。面白いとも思わない。でもひとつの作品の最初から最後まで関わっていると、ここでこういうストーリーができてくるのかと知ることができ、終わった頃には面白くなっていますね。「これはすごい」と思いました。いつも、美術を創っている途中は何も考えられないんです。終わってみて初めて「今回の“キノコ”はこうだったな」という感想が出てくる。
伊藤:今回は初めて「ダンスを観てから創ってみたい」と言ったよね。稽古場に来て私が振り付けてダンサーが踊っている光景を見て、そこでまたアイデアが出てきたみたいです。ところでなんで観てみたかったの?
モリオ:いや、なんとなくね。
伊藤:ダンスは抽象的なものだから、具体的な場所で踊りたいというリクエストを結びつけるのが難しかったのかな? イメージをクリアに持ちたいと言っていたよね。ダンスを観て、ばーっとアイデアが出てきたのかものすごくたくさん絵を描いていました。
モリオ:観て良かったです。
主宰の伊藤千枝 撮影:後藤武浩(ゆかい)
──今回は特に美術も見所のひとつということですね。キーワードは何でしょう?
モリオ:“オムニバス”です。
伊藤:“キノコ”の作品は部屋のイメージが強いと思うのですが、今回は外へ出ています。
モリオ:そうだね。街に出ましたね。高原とか。
伊藤:こんなに場面展開があるダンスも珍しいのではないでしょうか。
カンパニーは思いつきで作ったのではなく、夢だった
──『私が踊るとき』特設サイトに、ダンサーの皆さんに“ダンスを始めたきっかけ”などいくつかのQ&Aが載っています。伊藤さんにもお聞きしたいと思います。まず“ダンスを始めたきっかけ”は?
伊藤:通っていた幼稚園のそばにモダンダンスの教室があり、お友達と通い始めました。同じ教室に高校生まで通っていました。先生の方針で子供のときから創作をやっていたんですが、それが楽しくて。その後コンテンポラリーダンス、当時“ヌーヴェルダンス”と呼ばれていたものに憧れて、やってみたいと思ったのですが、通っていた教室にも自分の周りでもやっている人がいなかった。そこで、ないなら自分でやろう、カンパニーを作ってどこかで発表しよう、と思いました。“キノコ”の演出助手の小山洋子は大学の試験会場で出会ったときからの仲間なんですよ。なのでカンパニーは思いつきで創ったのではなく、夢を叶えたという感じです。昔からこんなのダンスカンパニーがやりたかった。
『珍しいキノコ大図鑑』(2009年・ル テアトル銀座)より/撮影:片岡陽太
──ここで踊ってみたい!という場所はどこですか?
伊藤:丸の内などのオフィス。制服を着た会社員が真面目に仕事をしている中でダンスをやりたいですね。オフィスダンス。
──無性に踊りたくなるのはどんなシチュエーションですか?
伊藤:台所の換気扇の下。そこが私のステージです(笑)。家では換気扇の下でタバコを吸うので、ビールを飲みながら、小さいTVがついていて、気分がノリノリになってきて… そこでiPodを聴き始めてしまったら最後、もう踊ってしまいますね。
──モリオさんは踊りたくなること、ありますか?
モリオ:ありますよ。キッチンで踊ったりしますね。小腹がすいてキッチンでちょこっと料理して、それをリビングに持っていくのが面倒なとき。いつもとちょっとシチュエーションが違ってうれしくなって、音楽でもかけちゃおうかな、となって。そこで家族が登場して盛り上がって踊って… 楽しいですよね。
美術を手がけるモリオ 撮影:後藤武浩(ゆかい)
“子供”とダンス
──NHK教育番組でも活躍されていますが、小さな子供相手の仕事でいつもと違うことはありますか?
伊藤:ありますね。『ドレミノテレビ』では、UAが童謡を歌い、それに私が振り付けるという仕事でした。子供たちには童謡を歌いながら踊ってくれたらうれしいなと思いながら、できるだけシンプルな振り付けにしました。シンプルかつ面白い動きとリズムをつける。さらに体操にならないようにするにはどうしたら良いかというのを、常に考えていました。NHKの教育番組では再び仕事をすることになっています。2月上旬から放映の『ニャンちゅうワールド放送局』のニャンちゅうとお姉さんの番組の歌のコーナー。初めて棒で動く人形に振り付けをしました。棒を動かす人に指示するんですよ。なかなかない機会で楽しかったですね。実は昔から教育テレビの番組が好きだったので、人形に振り付けるのは夢でした。
──今年結成20年です。今後、“キノコ”はどこへ向かうのでしょうか?
伊藤:モリオにも子供がいるし、“キノコ”にも産休中、子育て中のダンサーがいます。早く彼ら2世をステージに上げたいなと思っています。“キノコ”結成当時から言っていたことでもあるのですが“目指せ3世代カンパニー”。孫まで一緒に踊りたい。それができたら楽しいなと思いますね。
(インタビュー・文・構成:世木亜矢子 インタビュー写真撮影:後藤武浩(ゆかい) 舞台写真撮影:片岡陽太)
■伊藤千枝 PROFILE
振付家・演出家・ダンサー・珍しいキノコ舞踊団主宰
1990年、日本大学芸術学部在学中に珍しいキノコ舞踊団を結成。以降全作品の演出・振付・構成を担当。作品発表のほか、映画、映像作品、演劇への振付、出演、他のアーティストとのコラボレーションなど、その活動は多岐にわたる。2003年、フィリップ・ドゥクフレ『IRIS』に演出アシスタントとして参加。2003年~2004年、NHK教育番組『ドレミノテレビ』、 2007年、映画『めがね』(荻上直子監督)、UA『黄金の緑』などの振付を担当。2005年より桜美林大学の非常勤講師を務める。
■モリオ PROFILE
1975年、埼玉県出身。本名は久保英夫。インテリアデザインを学んだ後、独学で家具職人の道へ進む。優しいお客様達に育てられ、現在では“一点もの家具”を制作していくと同時に、店舗や住宅の内装を手掛け、独自の視点で個性あふれる空間を創り上げている。舞台美術家としては珍しいキノコ舞踊団の『私たちの家』(1998年・ラフォーレミュージアム原宿)がデビュー作。以降、同舞踊団の数々の舞台を手掛けている。
『私が踊るとき』
1月22日(金)~25日(月)
世田谷パブリックシアター
振付・構成・演出:伊藤千枝
演出補:小山洋子
振付協力:珍しいキノコ舞踊団
出演:山田郷美、篠崎芽美、茶木真由美、中川麻央、梶原未由、伊藤千枝
美術:モリオ
会場:世田谷パブリックシアター[地図を表示]
料金:予約4,000円 当日4,500円
※その他詳細は「あなたが踊るとき」特設サイトから