左より田中裕二氏(爆笑問題)、テリー・ギリアム監督、太田光氏(爆笑問題)
1月23日(土)から公開となるテリー・ギリアム監督最新作『Dr.パルサナスの鏡』。主演のヒース・レジャーの不慮の死により一時は制作中断となったものの、ジョニー・デップ、コリン・ファレル、ジュード・ロウら豪華キャストの協力もあり完成。1000年を生きたと語るパルナサス博士を中心とした旅芸人の一座と、記憶喪失の青年トニーを巡るストーリーで、立体紙芝居的なノスタルジックなトーンを基調として、現代のロンドンに突如幻想的な世界を現出させる映像美には、監督の想像力がいかんなく発揮されている。日本でのギリアム監督の良き理解者である爆笑問題を迎えた今回のインタビュー、ふたりの突っ込みにユーモアたっぷりに切り返す口調からは、巨匠と呼ばれながらいまだ衰えない反骨精神がうかがえた。
イマジネーションと現実の矛盾を描く
── 今回の作品はギリアム監督のオリジナルの脚本による作品ということで、完成までに幾多の困難を乗り越えたということもあり、思い入れもひとしおだと思うのですが、完成させての感想をお願いします。
テリー・ギリアム(以下、ギリアム):最高傑作だよ!
太田光(以下、田中):聞いたことと答え違ってない?(笑)
ギリアム:ほんとうに完全にユニークな仕上がりになったと自負しているし、他の映画とは全く違う作品になった。映画の未来を見ることができる映画なんじゃないかと思います。
太田:宣伝マンとしてもお見事!
ギリアム:アリガト!
── バンデットQ(1981年)、未来世紀ブラジル(1985年)、バロン(1988年)の三部作に近いギリアム監督の世界観と個性が色濃く現れている作品だと思います。これらの作品との類似点といったらどんなところでしょう?
ギリアム:それこそ『バンデットQ』『バロン』『Dr.パルサナスの鏡』はどれも芝居の舞台が出てくるという共通点があります。それから、もしかしたらパルナサス博士の語っていることは『バロン』のミュンヒハウゼンのように全てでまかせかもしれない、それは私にも解らないですけれど。そしてイマジネーションと現実の矛盾というものを描いているというところも似通っています。
太田:つまりワンパターンということだ。
田中裕二(以下、田中):何を言ってるんですか!
ギリアム:そこはリサイクルですね(笑)。『Dr.パルサナスの鏡』のヴァンパイアのシーンはユニークですが、サブリミナルのように少しだけ入れているので解らないかもしれない。
太田:どこに出てくるんだよ!ものすごい解りづらいジョークだよ!
ギリアム:じゃあ今の話はなしにしてください(笑)。
── ギリアム監督の作品は、細かい部分も含めていて観る者の想像力をかき立てられる点が魅力だと思います。ご自身から『Dr.パルサナスの鏡』のそうしたディティールについて教えてください。
ギリアム:こうした質問は太田さんが映画を撮ってくれていれば答えてくれると思います(笑)。
太田:何でこっちに振るんだよ!こうした真面目な質問にはちゃんと答えないと、真面目な映画研究会の学生なんだから。
田中:学生じゃないです!
ギリアム:こうした質問に答えてこそ脚本を書いたり演出できたりするんですよ。
太田:なるほど、じゃあもう一回質問いいですか?
田中:いいから!「なんでお前は太田の答えしか書いてないんだ」って怒られるから。
ギリアム:ディティールに関しては、観た方が信じてくれたり引きこまれてくれたりリアルに感じてくれる手がかりとなります。そこからもっと映画の世界を探求してもらえるので、細かい点まで神経を注ぎますし、丁寧に作りこまれた、子供の絵本のようにハッとするような作品をこころがけています。
太田:じゃあ、俺から聞いてもいいですか?この映画は物語ということがひとつ出てきますよね。パルサナス博士が空飛ぶ絨毯の上に乗って物語を語り続ける、彼が語れているうちは世界が続くという場面が出てくるじゃない。あれっていうのはそれこそ、想像力が世界を繋げていくっていうテーマだと思うんだけれど、語ることがなくなってしまうという恐怖が別にあるわけだよね。それから、語っても誰も聞いてくれなくなる世の中になったら、世界は終わってしまう。それは、テリー・ギリアム監督の想像力がいつか枯渇してしまうという恐怖心がもしかしたらあるのかなと俺は深読みしたんだけれど。
ギリアム:そうですね、そうした不安は確かに常にあります。もしかしたら既にそのような状態にあるのかもしれない。だから同じアイディアをリサイクルしてるのかもしれないです(笑)。
太田:俺にはそうした恐れはこの歳であるんですよ。だから自分もあのシーンにリアリティを感じたし、すごく気持ちが解る。
ギリアム:50年代に活躍したアメリカのコメディアン、ジョージ・ゴベルは常に自分のネタが枯渇することを恐れていて、ある時〈間〉を失敗してしまって以来、一切笑いのタイミングが取れなくなったままキャリアを終えてしまったんです。だからコメディアンというのは常々そういうものなのだと思っていました。
太田:日本の落語家の桂文楽という大師匠も高座でハッと一言言葉に詰まってしまったら、その後舞台に上らず引退してしまったんです。俺はそこまでストイックじゃないんだけれど、枯れた後も訳の解らないことを言って世間を騙しているんです。
ギリアム:その真実をだれも伝えないんですね(笑)。
太田:あのシーンを観て、物語があるうちは世の中が続いていく、というメッセージに、創造者、表現者としてのテリー・ギリアムをすごく信頼できるし、そこに夢があると思った。自分は映画を作り続けるという宣言だと思うし、物語がなくなった世界こそが地獄なんだという、それは想像力の方が勝つんだという、物語作家としての現実に対する対抗心じゃないですか。そこが勇気づけられる感じがした。
映画『Dr.パルサナスの鏡』より (C)2009 Imaginarium Films, Inc. All Rights Reserved. ©2009 Parnassus Productions Inc. All Rights Reserved
観た後に後遺症が出るような作品を作りたい
── 想像力が人生を変え導いてくれる、という今作のテーマとともに、人が心に秘めた想像力を具現化する鏡として登場するイマジナリウムとは、映画のスクリーンそのものではないかと思うんです。監督としては、これから映画が大切にしなければならないものはどのようなものだと思いますか?
太田:難しい質問だね。
ギリアム:そうですね、映画やテレビというものを社会の鏡という風に捉えるとすると、私がいちばん憤りを感じるのは、そこに映し出されたものが現実からかけ離れていくということなんです。そういう中で映画自体も、観客に最後まで観てもらうためにかなり暴力的な描写に頼っているところに我慢がなりません。これから映画がどう変わっていくかは私にもよく解らないですし、少しネガティブに感じてしまいます。現在は映画体験が受け身になってしまって、全てがそこで用意されている。チケット代を払って観ても、劇場を出てしまったらそこで終了してしまう。観た後に何かを考えることのできる映画がほんとうに少なくなっているように思うし、それはとても悲しいことだと思う。だから私の映画では、爆発的なことがそこで起きて、飛んできた破片が脳に突き刺さって、後になって後遺症が出るような作品を作りたいと思っているんです。
── みなさんにとって、パルナサス博士のように悪魔と取引してまで叶えたい願いとはどんなものでしょう?
田中:悪魔に頼むんだったらねぇ……。
太田:世界平和かな、自分の命を捧げるなら。
ギリアム:じゃあ世界がもっと良くなるために、私の魂を太田さんの魂を救うために犠牲にしましょう。私は太田さんのように清い心を持っていないので(笑)。
太田:パルナサス博士は、秩序に一生懸命こだわっているよね。世界の法則のなかに自分が行きたいという。ただ、あの女性に恋してしまうことで、秩序もへったくれもない、混沌に突き進んでしまう。あれだけ秩序を望んでいた彼が、パッと心を奪われてしまう。恋というものは無秩序なものなんですよ。そのあたりが監督はいい歳して青臭いなぁ、この人は恋したいんじゃないかと思った。
ギリアム:私は秩序と混沌と比べたら、混沌を選びます。秩序から生まれるものは予測がつくけれど、カオスからはもっと面白いものが生まれますから。
── これまでギリアム監督の作風としては、社会風刺やシニカルな視点について語られてきましたが、今作についてはそうしたラディカルな姿勢というのは衰えていないと感じますか?
太田:より深い考察だという気はするね。すごく哲学的な部分と、例えば漢字も出てきますし、仏教とかキリスト教といったモチーフが出てきますよね。俺はあまり宗教については詳しくないけれど、ああいう描写で社会で起きていることを直接表現することよりも、もっとそこから視線が俯瞰になってるんだよね。その俯瞰の先に社会があるんだ。言ってみれば、監督が考えている哲学や宗教の断片を繋ぎ合わせた集大成のような表現の末端に、我々の社会がある。そういう意味では視点は変わったかもしれないけれど、シニカルさは増しているという気もするし、社会を描いているということでは変わらないと思う。
ギリアム:太田さんくらいのセンシティブな人間だったらよかったです(笑)。
太田:どういう意味だよ!
(インタビュー・文:駒井憲嗣 撮影:Takemi Yabuki)
テリー・ギリアム プロフィール
1940年ミネソタ生まれ。イギリスの辛辣なユーモアを代弁する唯一のアメリカ人メンバーとして『モンティ・パイソン』(69~73年)のシリーズのアニメーターとして参加しながら、『バンデットQ』(1981年)を経て、『未来世紀ブラジル』(1985年)で世界中の観客に影響を与える。後のドン・キホーテへの憧憬にも繋がる『バロン』(1989年)、『フィッシャー・キング』(1991年)、『12モンキーズ』(1995年)、『ラスベガスをやっつけろ』(1998年)などヒット作を連発。またライフワークとも言える『The Man Who Killed Don Quixote』にデップと臨むものの、度重なるトラブルで中止に追い込まれ、その過程をドキュメンタリー『ロスト・イン・ラ・マンチャ』(2001年)に記録。2005年の『ブラザーズ・グリム』(2005年)では『Dr.パルサナスの鏡』(2009年)へ繋がるヒース・レジャーと、マット・デイモンをグリム兄弟役で起用した。
映画『Dr.パルナサスの鏡』
TOHOシネマズ有楽座ほか全国ロードショー公開中
監督・脚本:テリー・ギリアム
脚本:チャールズ・マッケオン
出演:ヒース・レジャー、ジョニー・デップ、コリン・ファレル、ジュード・ロウ、クリストファー・プラマー、リリー・コール、トム・ウェイツ 他
提供:博報堂DYメディアパートナーズ、ショウゲート、ジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメント
配給:ショウゲート
2009年/イギリス・カナダ/英語/カラー/ヴィスタ/SRD・DTS・SDDS/124分
公式サイト