2010年1月16日よりロードショーとなる映画『ブルー・ゴールド 狙われた水の真実』。公開に合わせサム・ボッゾ監督が来日を果たした。今作は行政と企業による水の利権争いや、ボトル・ウォーターがいかなるシステムで利益を上げているかなど、グローバルな水を取り巻く問題をレポートしている。そうした大きな視点を元に、身の回りでできるアクションで私たちの水の権利ひいては生きる権利を守ることができることをあらためて確認できる作品だ。劇映画をメインの表現活動としてきた監督がドキュメンタリーにのめりこんでいったきっかけからインタビューはスタートした。
モード・バーロウの本に出会ったのが制作のきっかけ
── 本作は〈POLITICS〉、〈THE WATER WARS〉、〈THE WAY FORWARD〉と3つのセクションに分けてトピックが語られていくことで、解りやすく世界的な水の問題について知ることができ、監督のメッセージに対しても説得力が強まっていると感じます。このような構成にした理由を教えてください。
私はもともと劇映画をメインに制作を行っていました。数年前ですが、デイヴィッド・ボウイ主演の『地球に落ちてきた男』のエグゼクティブ・プロデューサーであるサイ・リトビノフと映画の続編を作るために脚本を書くことになりました。そのリサーチのためにこの映画の原作となるモード・バーロウとトニー・クラークの『「水」戦争の世紀』を読んだのです。この本が「淡水資源危機」「政治の策略」「進むべき道」という3部構成になっていたんです。劇映画においてもそうした3部構成をとることは一般的ですし、そのほうが観客にとっても解りやすく、消化しやすいと思い、『「水」戦争の世紀』の構成をそのまま使うことにしたのです。
映画『ブルー・ゴールド 狙われた水の真実』より
── 取材をスタートさせて世界中をまわっていく際にも、その3部構成というのは監督の頭のなかにあったのですか?
ドキュメンタリーというのは劇映画と違って、誰が何を言うかわからないので、あらかじめ脚本を書くことができません。ですから質問もその3つのカテゴリで振り分けていました。ただ、最後の解決法については原作にはあまり書かれていませんでしたが、取材を続けていくことで、多くの質問に対しての解決法が見つかりました。
── 水の既得権争いについて様々な取材をされていますが、取材を断られた団体や人物、取材はしたけれど監督の意図と合わず編集の段階でやむなくカットせざるを得なかったインタビューなどはありますか?
取材を断られたのはフランスのヴェオリアとスエズでした。ネスレについても、インタビューはできても回答者の音声を変えさせられたり、まともに答えてくれなかったり、最終的な私たちを訴えないというリリース・フォームにサインしてもらえなかった、ということがありました。全部で40本ぐらいのインタビューをしましたが、時間の関係もあり、同じような回答をした人の話や、多弁だった方のインタビューはカットしたりということはありました。
まず水について意識することが重要
── 取材を続けていく中で解決法を見つけ出したということですが、具体的にはどのような事柄で成果がありましたか?
解決法を見つける、というのはこの映画について自分に課したゴールでした。一番大変だったのは砂漠化の問題でしたね。例えば、スロバキアのミハル・クラフチーク博士に会った時は、小規模な貯水池を造っていくことによって砂漠を緑地化できるということを教わったのです。それからダムは下流に栄養物が届かず、水が停滞して循環が悪いので、マイクロタービンを使う方法があることが解りました。そうしてひとつひとつ解決法を見つけていくことができました。それを実行するかどうかは、これからの行政の問題に関わってくると思っています。
── 国家レベルの改革だけでなく、自分の住んでいる地域の水の水源先や排水先を知ること、シャワーヘッドを変えること、といった身近な解決策もきちんと提示されているところが素晴らしいと思います。この日常的な市民の視点にこそ監督の哲学があるのではないかと感じたのですが?
それに関しては興味深いプロセスがあったのです。取材を続けていくなかで、水の消費の90%は工業用や農業用で使われており、生活で使用される水はたったの10%に過ぎないのだから、個人が水の保全をする必要はないと考える専門家も多くいたんです。気持ちの上で引き裂かれる思いもありましたが、サイ・トリビノフと話しあい、たとえ生活にまつわる水消費が圧倒的に少なくても、まず水について意識することが重要で、それによって最終的にはもっと行政に関わる大きな問題として投げかけなければならないと感じました。ですので、こうした身近なエピソードも盛り込むことにしたんです。
── 監督のお話の通り、ドキュメンタリーというスタイルは、その場で対象に対してどのような撮影を行えばいいのか直感や瞬発力が必要とされると思います。また、取材する人物とのコミュニケーションも必要だと思いますが、今作に関してはどのようにそれを構築し、克服していきましたか?
実は制作の最初の段階では、私は水の問題について何も知りませんでした。偶然出会った『「水」戦争の世紀』でいろんなことを教わり、世界的な資源の争奪に関して水こそが石油に替わるものなのだと驚かされました。とにかく自分が〈知らない〉、ということを基準にしたのです。観客も私自身と同様だと思いましたので、少しでも解らないことがあれば専門家に聞いて説明を求めていく、そういったコミュニケーションョンを続けていくことで、信頼関係が生まれていったと思います。また回答をもらう時にも、それが政治的な争いにどうつながっていくかという意味合いを持たせることを考えていきました。そうしてこの映画としての方向性を持たせていくようにしました。資金についても苦労しました。各地で取材するにあたり、出資者を俳優の友人に頼もうとして、一時的に自分のクレジットカードで機材や航空券を手配していたんです。そうしたら、出発前夜になって彼がスポンサーを降りてしまった。ひとりで取材をキャンセルすべきかどうか悩んでいた時、眠っていた息子がたまたま起きてきて「喉が渇いたよ」と言ったんです。その時、やっぱりこの映画をとるべきだ、と思い直しました。妻には「出資者がいなくなった」とは言えないままでしたが(笑)。その後原作の著者が、私が一人で制作しているのを知って、助成金やあらゆるサポートしてくれて、ようやく制作にこぎつけることができました。
── 今作品は監督ご自身で脚本、撮影、レコーディング、編集を行っています。全てをコントロールするという制作は監督にとってやりやすい方法ですか?
これまでの短編の制作の経験を通してプロデュースのやり方を知っていたのが良かったのだと思います。また、予算のほとんどが12ヵ国に渡る取材旅行の旅費に費やされることが解っていたので、小規模で取材を行ったほうがいいと思ったのです。一人といってもCGについては友人が参加してくれましたし、音楽はオーストリアの素晴らしい作曲家ハネス・バートリーニが作ってくれたので助かりました。ドキュメンタリーでは編集で全ての語り口が決まるので、とても楽しんで作業を進めることができましたね。
── 編集のリズムや構成については、純粋なドキュメンタリー作家ではないことが、逆に監督にとってのアピール・ポイントになったのではないですか?
制作していく中で、ドキュメンタリーと劇映画では正反対の作り方をするということが解りました。劇映画の場合は、プロットと脚本があり、絵コンテを書いて編集の時点では既にどうなるかを確認することができます。一方、ドキュメンタリーは話がどう展開するか解らないので、編集段階で膨大な量なフッテージがあり、インタビューをつなぎ合わせていかなければなりません。3部構成というコンセプトがなかったら、どう取りかかっていいかわからなかったと思いますが、その構成のアイディアを元に流れをふくらませていきました。
── 今回の撮影の経験はボッゾ監督にとって映画作家としての新しい方向性や可能性の礎になりましたか?
フォトジャーナリストに対してこれまで以上に尊敬の念を抱くようになりましたね。制作中は危険な目にたくさん遭いました。撮影を続けるために軍人に賄賂を渡さなければならないような状況にありましたし、白人が一人で行くと誘拐されかねないといった警告も受けるような場所で、本当に悪い人たちと対峙しなければなりませんでした。女性が水がめを頭に乗せて何キロも運ぶシーンを撮るためにケニアの電気もないような奥地へ入っていった時に、「大学に行きたいから金を出せ」と脅かされたりもしました。その時に、以前フィクションを作っている最中にある俳優が撮影中に髪を切ってヘアスタイルが変わってしまったことに怒ったことがあることを思い出して、なんてイージーなことで腹を立ててしまったのだろうと後悔しました。ドキュメンタリーの大変さに比べたら、フィクションを作ることは本当に楽しいことなんだということをあらためて感じましたね。
── 作品内では、ウルグアイでの市民が声を上げることで憲法改正まで至り、パリでの水道事業の民営化の取りやめなど、具体的な変化が現れている内容も描かれています。その他に映画が公開されてから、今作で取り上げられている問題について、行政や企業の対応や取り組みに進展はありましたか?
公開後、モード・バーロウは国連総会の水問題のアドバイザーになりました。彼女は現在、水は人権であるということを主張できるより良い立場にいます。先ほどもお話したミハル・クラフチーク博士は、サウジアラビアに貯水池を作って緑地化を推進しようという提案をしています。そうした目にみえる大きな変化もありますし、観客の反応もすばらしい。「他の人に観せたい」「地域の学校や教会などで上映したい」という声がたくさん上がっています。皆が意識して話題にしていくことで、今後も政治的に良い影響を与えるだろうと思います。今回日本でも公開され、多くの方に観ていただいた時に、さらに変化が起こることを期待しています。
(インタビュー・文:駒井憲嗣 撮影:Koji Aramaki)
※『ブルー・ゴールド 狙われた水の真実』クロスレビューはこちら
サム・ボッゾ プロフィール
1969年アメリカ生まれ。カリフォルニアのArt center College of Designを卒業後、サムは国際映画祭で受賞歴を持つ3本のショートフィルムを監督・脚本・編集した。それらはサンダンス・チャンネルやショータイム、トロント国際映画祭とサンダンス映画祭などで上映された。最新作はコンピュータのハッカーを題材に取材したドキュメンタリーで、ナレーターをケビン・スペイシーが務めた。マット・デイモンとベン・アフレック発案によるオンライン脚本コンテスト「プロジェクト・グリーンライト」のトップ10ディレクターとして選ばれ、小説家として著書を出版しているほか、自身の製作会社Purple Turtle Filmsからリリースされている数本の長編映画の脚本執筆者でもある。
『ブルー・ゴールド 狙われた水の真実』
2010年1月16日より、渋谷アップリンク、ポレポレ東中野、ヒューマントラストシネマ有楽町
ほか、全国順次公開
撮影・製作・監督・編集:サム・ボッゾ
エグゼクティブ・プロデューサー:マーク・アクバー、サイ・リトビノフ
出演:マルコム・マクダウェル、モード・バーロウ、トニー・クラーク、ウエノア・ホータ、ヴァンダナ・シヴァ、オスカー・オリベラ、ミハル・クラフチーク、ライアン・ヘリルジャク、バージニア・セシェティ、ロバート・グレノン、ヘレン・サラキノス
2008年/アメリカ/90分/ビデオ/カラー/1:1.66/ステレオ/英語、スペイン語、スロバキア語、フランス語
配給:アップリンク
公式サイト
渋谷アップリンク・ファクトリーにて公開記念関連イベント続々決定!
上映+トークショー
ゲスト:佐久間智子(アジア太平洋資料センター理事)
×沖大幹(東京大学教授)
水問題の調査・研究に長く取り組んでこられた佐久間智子さんと、バーチャル・ウォーター研究の第一人者である東京大学教授の沖大幹氏を お招きし、映画では語られていない日本の現状についてお話いただきます。
2010年1月24日(日)
開場12:15/上映12:30/トーク14:05
料金:予約1,300円/当日1,500円
予約方法:(1)お名前、(2)人数 、(3)住所、(4)電話番号を明記の上、件名を件名を「1/24『ブルー・ゴールド』イベント」として、factory@uplink.co.jpまでメールでお申し込み下さい。予約者数が定員60名に達し次第、受付を締め切りますので予めご了承下さい。
HARCOスペシャルトーク+ミニライヴ
イベントにご予約いただき当日『ブルー・ゴールド』をご覧の方は特別割引が適応され、¥1,000で映画をご覧いただけます。
2010年2月7日(日)
開場17:00/開演17:30
料金:予約/当日1,500円
※ご予約いただいて当日『ブルー・ゴールド』をご覧の方は1,000円で映画をご覧いただけます。
予約方法:(1)お名前、(2)人数 [一度のご予約で3名様まで] 、(3)住所、(4)電話番号、(5)当日『ブルー・ゴールド』を合わせてご鑑賞の方は割引となりますので、[ブルー・ゴールド鑑賞希望]とお書きください。以上を明記の上、件名を件名を「予約/2月7日『HARCO』」として、factory@uplink.co.jpまでメールでお申し込み下さい。
HARCO公式ホームページ
ご予約の詳細はこちら
上映+トークショー
ゲスト:三本裕子(A SEED JAPAN事務局長)
映画に出演している環境活動家のモード・バーロウ、ヴァンダナ・ シヴァらと共に「第3回世界水フォーラム」で活動された経験を持つ、国際青年 環境NGO「A SEED JAPAN」の事務局長の三本裕子さんをお招きいたします。
2010年2月14日(日)
開場12:15/上映12:30/トーク14:05
料金:予約1,300円 /当日1,500円
予約方法:(1)お名前、(2)人数 、(3)住所、(4)電話番号を明記の上、件名を件名を「2/14『ブルー・ゴールド』イベント」として、factory@uplink.co.jpまでメールでお申し込み下さい。予約者数が定員60名に達し次第、受付を締め切りますので予めご了承下さい。