移り変わりの激しいダンスミュージックの世界において、2000年代で着実にワールドワイドな盛り上がりを見せたニューディスコ・シーン。その立役者であるノルウェーのクリエイター、リンドストロームがニューアルバムを発表する。リンドストローム・アンド・クリスタベル名義としてリリースする『リアル・ライフ・イズ・ノー・クール』は、彼にとって初の本格的なボーカルアルバムとなる意欲作だ。麗しき女性シンガー、クリスタベルのソウルフルなボーカルをたっぷりとフィーチャーし、単なる懐古主義では決してなく、ソウルやファンクの要素を強めた楽曲は、スケールの大きなサイケデリアを描くこれまでの彼の作風からいくらか位相を変えており、より幅広い音楽ファンに訴えかけるアルバムとなっている。
── 前のアルバムであるデビュー・アルバム『ウェア・ユー・ゴー・アイ・ゴー・トゥー』以降、どんな活動をされてきましたか?ご自身のなかでどんな変化があったでしょう?
前作の後に、プリンス・トーマスとのアルバム『II』をエスキモーからリリースして、1年半くらいのすごく短い間に3枚のアルバムをリリースすることになったので、やるべきこと以上に作品を出してしまったと思います。その間にも世界中をフェスティバルなど様々な場所に呼んでもらってライヴ・パフォーマンスをしたり旅したりし続けたので、最近はなるべくスタジオに入って、とにかく音を作るということに時間を費やすようにしています。
── 『ウェア・ユー・ゴー・アイ・ゴー・トゥー』は全3曲というとてもプログレッシブな内容でしたが、今回のアルバムはボーカルのクリスタベルさんの歌声もあってまた異なる魅力のあるアルバムだと思います。この作品を作ることになったきっかけというのは?
もともと前からボーカルアルバムは作りたかったんです。何年か前からクリスタベルとは一緒にシングルなどで仕事をしたこともあったので、彼女を誘ったらやる気満々で。何曲か作っているうちに、これはアルバムとして完成させたらもっとおもしろいものになりそうだなと思って、自然な流れでアルバムに発展していったんです。なおかつ、最近のエレクトロポップとかいわゆるポップミュージックとはまた違うものにしたくて、もっとサイケデリックで70年代的であったり、例えばボーカルを逆回転させた音を散りばめたり、自分たちなりのひねりを加えることができたと思っています。いわゆるポップミュージックの中から人々があまり気づいていない面白い要素を引き出してこの作品に披露したかったということもあって、作り上げました。
── ポップでありたいという意識はやはりあったのでしょうか?
『ウェア・ユー・ゴー・アイ・ゴー・トゥー』を作っていたときに、これはたぶん多くの人にとっては難しすぎるだろうというか、あまりにも壮大すぎてなかなか消化しづらいということは思っていたんですけれど、私としては聴きにくいということはないと思っていましたし、最後の曲「The Long Way Home」などは16分近くにも及ぶとても長い曲ですが、実はあの曲を3、4分に縮めてみれば、とてもきれいなメロディもありますし、聴きやすいと思うんです。今回のアルバムも要はやっていることはほとんど一緒なんですけれど、3分から5分に削ることによって、例えばとても長いイントロを削ってすぐメロディに入るとか、そういうことをしているので、そうした面ではよりコンパクトに、キャッチーでポップなということは考えていたと思います。ただひとつ言えるのは、次私がやるのは全く別の方向性になるということです。常に人を驚かせていったほうが面白いと思うので。
── アルバムの楽曲のなかでも「Baby Can't Stop」などはとてもファンキーなサウンドが印象的で、あなたのルーツの中でもとりわけソウルミュージックのエッセンスが強いアルバムのように感じたのですが?
それはたぶんクリスタベルの声自体がすごくソウルフルな面があるので、そこに可能性を感じましたし、そのボーカルに対するサウンドを作る時に、彼女のボーカルを活かして強調して表現できるようにしたかったんです。それでソウルの要素が強く出ているのだと思います。自分自身のルーツとしても、レコードを買い始めたときはソウルやファンクを買い漁っていたこともあって、その後ディスコ等に移行していったんですけれど、やはりその要素が強く出ているというのは、おっしゃる通りですね。── ではリンドストロームの原点が予想していなかったところで現れてきたと。
自分の初期の影響元というのは確かに出ていると思いますけれど、ほんとうに私はいろんなジャンルの音楽を聴いてきていますし、あくまでもその一部がこのアルバムとしては出てきているんでしょうね。だから次にまた違う方向性になればそこでまた違う要素が出てくるということで、これが原点の全てというわけではないんです。
── 音の質感についてもとてもあたたかくソウルフルなタッチが強いですよね。
なかなか自分自身では説明しづらいんですけれど、このアルバムのみならず、いろんな方からよくそうした形容は言われるので、こういう音が好きなんでしょうね。もちろん、古いシンセサイザーを使っていたり、テープ・コンプレッションを用いていることもあります。自然とこういうウォームなサウンドに聴こえるんだと思うので、そう感じていただけるのは嬉しいですね。
── ヴィンテージの機材にこだわっていたり、独自のシステムを使われているのですか?
おそらくミックスの仕方でこうした質感が出ていると思うんですが、2年くらい前からこのアルバムの作業を行っているので、かなり古いトラックもあるのですが、その間ヴィンテージのシンセサイザーやテープマシーンも買ったりしているんですが、実はそうした機材はあまり使っていないんです。どちらかというとシンセサイザーの音もパソコンのくだらないプラグインをそのまま使ったりしているところもあるんですが、私としてはデジタルの音とアナログの音をミックスさせることが大事だと思っています。生のドラムの音とマシンのドラムを混ぜたり、古いシンセとパソコンのシンセを混ぜたり、そういうことをすることで、現在に生きているという表現になると思いますし、あまり古い機材ばかり使うとレトロすぎてしまう面があるので、自由に使えるデジタルの音を駆使してやっていきたいんです。その混ざり具合が自分なりのあたたかい音になっているのかなということは感じています。
── 自身の作品以外にもリミックスワークにおいても精力的に活動されていますが、2009年でもDOVESのリミックスはかなり素晴らしい仕上がりだったと思います。リミキサーとしての仕事でご自身で気に入っている作品は?またリミックスについて考えていることは?
最近もボアダムズのリミックスやお話あったDOVESのリミックスもすごく誇りに思って気に入っているんですが、実は最近リミックスは控えようとしているんです。というのもよくレコード会社からこうやって欲しいとか言われたり、バンド側からも「もっとボーカルを入れてくれ」とか、なかなか自由にやらせてもらえないこともあったりしますし、その自由度が少ない分、もっと自分の作品に集中したいということもあるのです。自分の作品に関しては一生自分のなかで残るものですし、自分との付き合いになってくるものですが、リミックスは他の人の素材を扱うということで少し気軽にできて、いろいろな新しいことを試せたりする場でもあるので場合によっては気分転換になって楽しい時もあるんですけれどね。特に私の場合は、人からの期待が大きすぎてそれに応えられないというのが嫌なので、もっと自分の音源に力を入れたいという気持ちになっています。
── これからの活動の予定や抱負について教えてください。
自分の次のソロの作業も始まっているので、それがここ1年でいちばん時間を費やすんじゃないかと思います。それからまたプリンス・トーマスとも一緒になにかやり始めると思います。それ以外はまたこのアルバムを持って世界中でライヴができたらと思っています。
── ニューディスコやコズミックといったキーワードはあなたの活動の成果もあって日本でも確実に浸透してきていますが、世界を股にかけて活動されているなかで、ダンスミュージックのシーンのここ数年の変化についてはどのように感じていますか?
世界中を旅しているとなかなか新しい音に触れる機会も少なくなって、クラビングして他のDJがどんな音をかけているのかをチェックする余裕もなかったりするんですけれど、例えば2、3年前だったら私がプレイする前や後に普通のハウスをかけているDJが多かったが、最近ではもう少しディスコっぽい音をかける人が増えてきたりということは感じます。それは自らの音楽の環境作りとしてはひとつのジャンルに特化してとてもやり易くなってきたということはありますね。なおかつ、いわゆるニューディスコやコズミックと呼ばれるシーンは過去の音源が多かったり、過去の音源から取り入れた音が多いので、それによって人々の聴く耳が広がってくれているというのはとても嬉しいことです。ドイツやオランダのミニマルなテクノよりは、もっと幅広い表現方法だと思うので、今の音しか聴いていない人だったら、私の音楽はあまり理解してもらえないと思うので、どんどん私のやっているような音楽が受け入れられてきていると感じられます。とはいえ、また2、3年後にはまた新しい音が生まれてくるんじゃないかという気もしていますけれどね。
(インタビュー・文:駒井憲嗣 撮影:Takemi Yabuki)
リンドストローム プロフィール
1973年生まれ。2002年に自身のレーベル、Feedelityを設立。時にはソロで、時にはパートナーのプリンス・トーマスとの連名で、次々に12インチシングルやEPをリリース、LCDサウンド・システム、ロキシー・ミュージック、フランツ・フェルディナンド、ザ・キラーズといったアーティストのリミックスも手がけ、一躍ノルウェーのアンダーグラウンド・シーンから、インターナショナルなダンスミュージックの最前線へと躍り出る。2005年にリリースした12インチシングル「I Feel Space」はヴァイナル・オンリーのリリースとしては異例の17,000枚の好セールスを上げ、2006年11月にこれまでのシングルをまとめた編集盤『It's A Feedelity Affair』をリリース。クラブ系のみならず、ロック系のメディアからも絶賛を浴びた。2009年1月に発表したアルバム『ウェア・ユー・ゴー・アイ・ゴー・トゥー』がノルウェー版グラミーといわれるSpellemanprisenを獲得した。
Feedelity myspace
『リアル・ライフ・イズ・ノー・クール』
2010年1月6日(水)リリース
PCD-93296
2,415円(税込)
P-VINE
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