左)「THE BEST MANGA 2010──このマンガを読め!」(フリースタイル) 右)「このマンガがすごい!2010」(宝島社)
12月15日に「THE BEST MANGA 2010──このマンガを読め!」(フリースタイル)、24日には「このマンガがすごい!2010」(宝島社)の2大マンガランキング誌が発売された。こういったいわゆる「マンガ好きが選んだマンガランキング」と「売り上げランキング」には隔たりがあるのは、何故だろうか。そもそも毎年大量に刊行されているマンガに対して、相対的に評価することなどできるのだろうか。疑問は尽きない。何をどうランキングしたとしても、必ず生まれる不満。刊行されるすべてのマンガを読むことなど不可能なのだから比べることなんてナンセンス!分かった上で、「敢えて」と、選ばれたものをランキングするのだとすれば、その順位に一喜一憂するのは、あまりにも虚しい。あなたにとって最高の一冊が他人に評価されなくても、その作品の面白さは変わらないのに。そんなことよりも知りたいのは「自分がまだ知らない面白い作品」。それを探すためにランキングはあるのかもしれない。今回はそんなランキングの醍醐味と楽しみ方を教えます。
2大マンガランキング誌「THE BEST MANGA 2010──このマンガを読め!」&「このマンガがすごい!」
「THE BEST MANGA 2010──このマンガを読め!」は、2008年11月1日から2009年10月31日に発行された単行本の中からマンガの批評家、研究者やライター、編集者を中心にマンガの専門家たち50人が選者を務めている。長年、マンガ界に関わっている選者が多いため、若干、年齢層は高めか。ランキング以外のコンテンツは作家や編集長インタビュー、有名マンガ批評家の鼎談、ジュンク堂の売り上げランキング、マンガ賞の受賞リスト、コラムなど読み応えがある。特に昨年は講談社『モーニング』、今年は小学館『ビックコミックスピリッツ』と、ノリにノッている雑誌の編集長へのインタビューは、とにかく熱い!マンガを、読者を、信じている、編集側の情熱が伝わってくるようだ。
ランキングに話を戻そう。選出された作品の傾向からも分かるとおり、大人向けマンガやマイナーではあるが評価すべき作品、ベテラン作家の作品がきちんと評価されている。現在、「売れているのに!」「面白いのに!」という作品よりも、短くないマンガ史の中で評価されるべきオール・ザ・ベストという考えで選ぶ人が多いようだ。特に2008年版よりはじまったベスト10入りした作品を再収録するという試みは、選者たちへ無言のバイアスとなっており、売り上げランキングではなかなか上位に入賞しない作品が上がってきているのが面白い。真のマンガ好きの読者に向け「マイナーだけど面白いマンガを知りたい!」という要求に素直に応じる内容になっている。
「THE BEST MANGA 2010──このマンガを読め!」(フリースタイル)
そのためか、若い人が好むような同時代性を意識した流行のマンガやメディアミックス化されたマンガ、アニメやゲームなど他ジャンルからの影響を感じさせるの作品の評価は低く、ほとんどランキングにあがることはない。どこかおっさんくさく「なんでも鑑定団」っぽい、枯れた感じがするためか若い読者のほとんどがランキングを無関係だと感じてしまう。実際、過去の作品の復刻、新装版もランキングにあがってくることが多く、票が割れることがあるのも残念だ。せっかくいぶし銀の選者が集まっているのだから、復刻、新装版のランキングを別に設け、過去作品の再評価にページを割いてもらえるといろいろ読者が納得し、過去の名作に若い読者が興味を持つ手助けになるのではないだろうか?
一方、宝島社の「このマンガがすごい!」は、2008年10月1日から2009年9月30日に発行された単行本の中から有名人、書店員、大学漫研、雑誌編集部、ライター、批評家、マンガ系ウェブサイト管理人など、幅広くアンケートを行い、オトコ編では少年・青年誌、オンナ編では少女・女性誌と分けてランキングしているのが特徴的である。しかし、昨今、男向け女向けと分かれていないマンガ誌も多く、割り切れない作品への票が割れがちだ。だが、オンナ編として、少女・女性マンガを選出することに意味がないわけではない。こうして分けることで、一部の大ヒット作以外、ランキングの上位に食い込むことがない少女・女性向けマンガが日の目を見ることができる。とはいえ、オンナ編のランキング結果を見るとかなり偏りがあるのは確かだ。「これは青年向けなのかBLなのか…」と選者の戸惑いが感じられる。
「このマンガがすごい!」(宝島社)
他にもマンガ誌以外での連載など、いわゆるサブカル雑誌で執筆する作家の扱いをどうするかが困る。もしも、女性誌が発表の場であるならその話題性からもランキング上位に食い込むはずである今日マチ子やほしよりこといった作家がオンナ編に入れられないのは痛い。単にオンナ編を「女性向けマンガ」として、定義し直すか、あらかじめ編集部でオトコ編、オンナ編の主要作品を分けるか、工夫があってもいいかもしれない。単純にオトコとオンナで分けるのは簡単だが、やめてしまえば他のランキングとの変わらない。このまま編集方針は変えないかたちで発展してほしい。
その他、「Under18に聞く!」として18歳以下や「マンガ家のタマゴに聞く!」ではマンガ学部の学生のアンケート結果を掲載し、年齢層によって評価に隔たりのある作品の傾向を炙り出しており、いかに若い人が過去の作品やベテランの作品、メディアミックスされていない作品に興味がないのかがよく分かる。さまざまなランキングをとおして年齢層、男女の好みの違いなど、分析するための材料が多く、熟読すると参考になるところが多い。
というわけで、ひとまず2大ランキング誌について、斬ってみた。いろいろとえらそうな感じで書いてしまったが、かくいう私も両誌のランキングに参加している戦犯でもある。1位に選ばれたマンガは、帯や書店POPにはランキングの結果が記載され、読者が手に取る指針となるわけだから、選者の1票はそれなりに重い。だからこそ、売り上げランキングでは評価できない、もっと売れても良い、多くの読者が望む作品を選者は選ばなくてはならない。それが読者にとっての幸福なのだから。
さて、ランキング2誌の傾向が分かったところで、その他のランキングについても話をしていきたい。あなたにぴったりなランキングは何処へ?
あまりマンガを読まないあなたに
アニメや映画、テレビは観るけど、マンガはあんまり読まない人向け
読んで確実に損をしないマンガが読みたいなら答えは簡単だ。まずは、売れているマンガを読むことである。「売れている=面白い」は正義!というあまりにも短絡的な発想である。
というわけで、そんな人はマンガ売り上げランキングを参考にすると良い。するとどうなるか。尾田栄一郎「ONE PIECE」(集英社)、荒川弘「鋼の錬金術師」(スクェア・エニックス)、岸本斉史「NARUTO」(集英社)、久保帯人「BLEACH "ブリーチ"」(集英社)、二ノ宮知子「のだめカンタービレ」(講談社)、矢沢あい「NANA-ナナ-」(集英社)、浦沢直樹「20世紀少年」(講談社)といった顔ぶれが並ぶだろう。あまりマンガを読まない人でも知っている作品名がずらりと並ぶはずである。
それもそのはず、これらのコミックスに共通する特徴を上げてみればわかることだが、まず、連載が長期(10巻以上)に渡っていること、さらにアニメや映画、ドラマ化などメディアミックスされていることだ。
マンガを一コンテンツの礎として、評価するなら売り上げランキングは当たり前のようにチェックすべき項目である。そして、あまりマンガを読まない人にマンガをすすめる場合はこれらの売れているマンガをすすめておけばまず、間違いはない。「売れているのにランキングに入っていない!」と、マンガランキング誌に不平不満を漏らすなかれ。すでにそのマンガは売り上げランキングという名の絶対的な評価を得ているのだ。何も杞憂することはない。
参考:JAPAN BOOK CHART
Amazon 2009年売り上げランキング
楽天 2009年売り上げランキング
まあまあマンガを読むあなたに
話題になったマンガだけを読みたい人に向け
「THE BEST MANGA 2010──このマンガを読め!」、「このマンガを読め!」はもちろん、ランキングで1位になっている作品だけを読んでおけば間違いはないだろう。そのほか、各誌でいっせいに発表されているランキングもチェックしてみてほしい。
発売中のエンターブレイン「オトナファミ」2月号では、全国3000店の書店員が選んだ「漫画ランキングBEST50」を発表している。
こちらも書店員が選んでいるということもあり、わりとニュートラルに売れているマンガが選出されている。ランキング誌の結果を読んで「売れてる作品が評価されていない!」と憤慨するタイプの人はこっちを読んで溜飲を下げよう。ただし、売れている作品が上位にきている、ということ、そして「オトナファミ」が男性向けの雑誌であるということから、あまり売れていない少女マンガがほとんど選ばれていないのは仕方がない。少女マンガ好きはこのランキングは気にしないほうがいいだろう。
エンターブレイン「オトナファミ」2月号
メディアファクトリー「ダ・ヴィンチ」1月号では、「BOOK OF THE YEAR」と題した総合ランキングでは、小説に混じってマンガもランキングされている他、ジャンル別にマンガのランキングもある。特徴としては、売り上げランキングからだけでなく、同誌の編集者がおすすめするコーナー「プラチナ本」にて、レビューされた作品が上位に食い込んでいる点だろうか。傾向としては「THE BEST MANGA 2010──このマンガを読め!」に掲載されているジュンク堂書店池袋店の売り上げベスト15で取り上げられているようなマンガがポロっと上位に食い込んでいるのが面白い。amazonでも文教堂でもなく、ジュンク堂のそれも池袋店と親和性があるのには理由がある。池袋といえば言わずもがな乙女ロード。そう、オタク女子の聖地でもあることから、自ずと女性向けの作品が売れる。「ダ・ヴィンチ」ではたびたび「腐女子」や「文化系女子」といった女子文化を特集しており、女性向け作品を多く紹介しているからだろう。そういった属性にピン!とくる人はそれらのランキングを参考にすると良いかも。
メディアファクトリー「ダ・ヴィンチ」1月号
参考:ジュンク堂
これらランキング誌やランキング結果から総合的に選ばれているのは、毎年3月に発表される「マンガ大賞」だ。例えば2009年の大賞は、末次由紀「ちはやふる」(講談社)。2位が小山宙哉「宇宙兄弟」(講談社)、3位に羽海野チカ「3月のライオン」(白泉社)、4位にはドラマ化もされた安倍夜郎「深夜食堂」(小学館)、5位には小林まこと「青春少年マガジン1978-1983」 (講談社)となっている。こうして並べてみると、売り上げランキングとは違った結果となっているのがわかる。特徴的なのは、一番売れているマンガ雑誌、「週刊少年ジャンプ」の作品があまり評価されていない点だ。唯一9位にランキングしている「週刊少年ジャンプ」のマンガは島袋光年の「トリコ」だが、これは「オトナファミ」の2008年のランキングで3位に選ばれている。
この理由には、選者に書店員のマンガ担当を中心としたマンガが好きだということ、そして、対象となるコミックスは最新刊が8巻までという縛りがあるためだろう。こういった縛りを設けることで、売り上げランキング上位の長期連載マンガのほとんどが選から漏れる結果になっている。出版社や書店員が売りたいマンガが何か、今後メディアミックスが期待されるようなマンガは何か気になる人にとって「マンガ大賞」の結果は参考になるかもしれない。しかし、長期化するマンガの中にはクライマックスを向かえ、ヒートアップしていくものや新章を機に一気に面白くなっていくような作品はここではあまり評価されることはない。だが、そもそも長期連載するくらいのマンガとは売れているマンガなのである。売り上げランキングさえチェックしておけば、取りこぼすことはないので安心だ。
偏った好みでマンガを読んでいるあなたに
ランキングに紹介されるようなマンガにはあまり興味がない。それよりも自分の趣味趣向がはっきりしている人向け
とはいえ、それらのランキングでも、選出には「売れているもの」が大きなポイントとなってくるので、当然、それだけでは、満足できない人も多いだろう。そんな人はいい意味で偏ったランキングを参照するといいだろう。
「このマンガがすごい!2010」では、販売店別コミック売り上げランキングベスト10として、Amazon.co.jp、ヴィレッチヴァンガード、紀伊國屋書店、タワーレコード、メロンブックスといった書店の売り上げランキングが掲載されている。売り上げランキングだけでは分からない人気マンガや萌え系マンガ、一部に熱狂的に支持されているマンガの存在に気づかされるだろう。話題になっているマンガと実際に売れているマンガの乖離が分かる。
また、他のランキング誌では無視されがちなボーイズラブ系のランキングならNEXT編集部編の「このBLがやばい!2010年腐女子版」(宙出版)がある。ボーイズラブに興味はあるが、まだ読んでいない未知なる作品を知りたい人はもちろん、何から読めばいいのか途方に暮れている人にも参考になる。
NEXT編集部編「このBLがやばい!2010年腐女子版」(宙出版)
それでもランキングが嫌いなあなた
自分が好きな作品はいつもランキングに入ってない人
はっきり言おう。ランキングと名のつくものは一切、無視してしまったほうが健全だ。うっかりランキングを知ると自分の好みと実際の評価の乖離に嘆くしかない。こういうタイプはまず、自分がどのような作品を好む傾向があるのか分析しておくと良いだろう。どんな作品が好きなのか分かったら、自分に近い好みのセレクトを行っている選者を探すのである。そんなときにランキング誌は便利である。総合ランキングとは別にそれぞれの選者が順位をつけたランキングが無数にあるからだ。そうやって、個人が何をどう評価しているのか意識して読むと新たな面白さが生まれる。去年のランキングをひっぱりだしてきて見比べてみて、去年は恋愛ものばっかり選んでいた選者が今年は仕事ものばかりを選んでいるのを発見し、選者の心境の変化をあれこれ妄想してみるうちに、だんだんと選者の顔が見えてきて、なぜ、この人が今年この作品を選んだのか納得できることもある。ランキングの数だけドラマがある。もちろんないことの方が多いのだが。
ランキングとはあくまで目安。あなたにとって万能ではない
売れているから、マンガ賞受賞作だから、マンガ史を踏まえた上で、趣味趣向で、ジャンル別で、年齢で、性別で……さまざまな基準によってランキングは行われている。それらのランキングは、あなたのためだけにあるものではない。多種多様な趣味趣向が螺旋のように絡まり合い、たまたま現れた一面に過ぎない。あくまでも、目安、参考であると割り切った上で、自分にとってかけがえのない1冊と出合ってほしい。仄暗いジャンルの森で迷子になったあなたをそっと照らし出す、ひとつの灯火。私の選んだ作品が誰かの望みとなりますように。
(文:吉田アミ)
ここでお知らせ!
急遽決定!1月8日は「マンガ総集編'09+新年会」
2009年に面白かったマンガについて語りまくり!
■TALK:吉田アミ、中村賢治(時代屋店主)
■日時:2010年1月8日(金) 19:30~
■料金:1000円(1D付) ※差し入れ歓迎!
■場所:荻窪ベルベットサン(杉並区荻窪3-47-21 サンライズビル1F)
荻窪駅南口を出て左手に真っすぐ行きラーメン二郎ファミリーマートを越えて100円ローソンの隣になります。
■予約:tron@velvetsun.jpまで、タイトルに1/8「~2009年マンガ総集編ぷらす新年会~予約」と記入してください。
■吉田アミPROFILE
音楽・文筆・前衛家。1990年頃より音楽活動を開始。2003年にセルフプロデュースによるソロアルバム「虎鶫」をリリース。同年、アルスエレクトロニカ デジタル・ミュージック部門「astrotwin+cosmos」で2003年度、グランプリにあたるゴールデンニカを受賞。文筆家としても活躍し、カルチャー誌や文芸誌を中心に小説、レビューや論考を発表している。著書に自身の体験をつづったノンフィクション作品「サマースプリング」(太田出版)、小説「雪ちゃんの言うことは絶対。」(講談社)がある。2009年4月にアーストワイルより、中村としまると共作したCDアルバム「蕎麦と薔薇」をリリース。また、「ユリイカ」(青土社)、「野性時代」(角川書店)、「週刊ビジスタニュース」(ソフトバンク クリエイティブ)などにマンガ批評、コラムを発表するほか、ロクニシコージ「こぐまレンサ」(講談社)やタナカカツキ「逆光の頃」の復刻に携わっている。現在、マンガ批評の本を準備中。
・ブログ「日日ノ日キ」