骰子の眼

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2009-11-22 23:00


『マンガ漂流者(ドリフター)』28回 絵を描く、読む快楽とは?(前編)

絵を描く、その「快楽」とは何だろう?絵を読む、その「快楽」とは何だろう?今回は「Fellows!」(エンターブレイン)で活躍する森薫と入江亜季をフィーチャー!
『マンガ漂流者(ドリフター)』28回 絵を描く、読む快楽とは?(前編)
左)入江亜季『乱と灰色の世界』(エンターブレイン)1巻より 右)森薫『乙嫁物語』(エンターブレイン)1巻

■私たちが絵に魅せられるとき

マンガとは、絵だけでもなく、構図だけでもなく、コマ運びだけでなく、物語だけでも、セリフだけでもないのだ。それは分かっている。だけど、やはりその絵に魅せられてしまうことがある。立ち止まって何度も何度も。繰り返し飽くことなく、見詰めてしまう。何気ない一コマ、一シーンに神経を磨り減らすように丹念に描き込まれた線。そうやって、描いてしまう理由は何だろう。描く必要はあるのだろうか?必要?そもそも、必要か不要かで描かれているのだろうか?作者が求める完璧な世界と読者が知りたい世界の差異は?ただ、分かるのはこの絵が好きだということだ。それは絵がもたらす快楽である。「見せたい」作者と「見てしまった」読者。この隔たりは何だろう。そんな風に思うのだ。それに気がついたのは、09年10月に発売されたばかりの森薫の『乙嫁物語』1巻に収録された第2話「お守り」を読んだときのこと。

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5ページの導入からたち現れる扉絵は壮観だ。森薫『乙嫁物語』(エンターブレイン)1巻より

見事な彫刻の前で呆然と立ちすくむ少年と読者の視点が同じになったのを感じた。

職人が無垢の樹から彫り出すように作者もまた、真っ白な紙の上でイマジネーションを彫り刻む存在である。この『乙嫁物語』の作者である森薫は、絵を描くことが好きで好きでしかたがない!という気持ちが画面からあふれ出している。作者の気持ちは登場人物に仮託されていく。マハトベクおじいちゃんが柱を彫る気持ちはそのまま作者が「絵を描く姿勢」に。その彫刻が出来上がっていく様子から完成までを見た少年の気持ちは、作者が「絵を描く過程から完成まで」に得た経験と似ている。そして、その気持ちは読者に近く、共鳴する。このシーンがこんなにも胸を打つのは、作者と読者が同じ喜びを共有してしまうからだろう。

絵を見て、ただ「美しい」と感じる。その気持ちだけが幾重にも重なる。はっと息を飲むとはこのことだ。感動が押し寄せる。「絵を読む快楽」とはこういった体験のことを指すのだろう。そう、絵にはこんな魔法があるのだ。


奥さまは20歳、旦那さまは12歳!?年の差婚in中央アジア

森薫『乙嫁物語』(エンターブレイン)1巻~以下続刊

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12歳の少年カルルクが娶った嫁・アミルはなんと20歳だった!そんな年の差婚の二人を中心に19世紀の中央アジアで暮らす遊牧民とその土地の人びとの生活を描く。

デビュー作でもある前作『エマ』(※1)では、ヴィクトリア朝時代のイギリスを舞台にメイドと上流階級の青年との身分の違いに引き裂かれる二人の恋物語を描いた森。1年ぶりとなる『乙嫁物語』ではどんな物語が描き出されるのだろうか。


物語はまだはじまったばかり!馬!羊!幕家!見知らぬ土地の珍しい風俗はただ眺めているだけでも無条件にわくわく。郷土史を知るように細部まで丁寧に描かれた工芸品に目を凝らすのも良し、カルルクとアミルの恋のやりとりに胸をときめかせるも良し。いろんな楽しみがこれでもかとてんこもりに詰まっている。

ちなみに作中に出てくる羊肉を中心にした料理の味が知りたい人は小泉武夫のエッセイを読むと味のイメージを補完することができますよ。

※1 02から08年にかけて「コミックビーム」にて発表され、平成17年度文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞、05年にはアニメ化もされた。

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1ページ、1コマ目からぼくらはアミルに恋をする。森薫『乙嫁物語』(エンターブレイン)1巻より

「Fellows!」とは?

「Fellows! 2008-OCTOBER」volume 1(エンターブレイン)1巻~以下続刊

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『乙嫁語り』は、エンターブレインが発行する隔月発売のマンガ誌「Fellows!」にて連載している。同誌は「コミックビーム」の若手、新人作家発掘&活躍の場として06年に「コミックビーム Fellows!」として、2冊同時に発売された後、09年に名を「Fellows!」に改めて新創刊された。「アニメや小説のコミカライズ作品を一切掲載せずに、新人を中心とした誌面作りを行っていく」と謳い、書籍扱い、マンガ誌とは思えない表紙、帯つきという装丁にもこだわったデザインが書店で目を引く。また、水着をテーマにした特別号「Swimsuits Fellows! 2009」(※2)の刊行、応募者全員を対象としたプレゼントキャンペーンなど、工夫をこらした編集が魅力的。その姿勢から編集部が「雑誌」というメディアを大切にし、新人育成に力を入れているのが分かる。


連載陣は森薫をはじめ、入江亜季、宮田紘次、鈴木健也、福島聡、丸山薫のほか、雁須磨子もよく描いている。いずれも「フェローズ系」と呼びたくなるような独特の美意識と高い画力を兼ね備えている。ほんとにみんなバカみたいに絵が巧い!バカみたいなんて、失礼な感じに聞こえるかもしれないが、読めば誰もが納得するところだろう。ほんとうに巧い!

※2 http://www.webdice.jp/dice/detail/1970/でも取り上げてます。

そんな「Fellows!」の看板作家の一人が入江亜季だ。その入江の最新作『乱と灰色の世界』1巻が11月に発売された。

魔法の靴で大人に変身!入江版「ふしぎなメルモ」!?

入江亜季『乱と灰色の世界』(エンターブレイン)1巻より

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灰町で父と兄とともに暮らす小学4年生の少女・漆間乱。元気いっぱいの彼女が肌身離さず持っているシューズには不思議な力があって!?魔法使いの一家を中心に人間界、魔法界を巻き込むドタバタコメディ。はてさて、主人公・乱は見た目と中身のギャップを埋めて愛する王子様と結ばれることができるのでしょうか?

前作『群青学舎』では、とんでもなく巧い絵から紡ぎ出されるせつないストーリーで注目され、『このマンガを読め!2007』(フリースタイル)で4位に選ばれたほどの実力派だ。


『乱と灰色の世界』では、子どもの頃に胸ときめかせて夢中で読んだ児童文学を思い出させる魔法描写が楽しく、躍動感あふれる筆致から自由に伸びやかな絵柄は今にも動き出しそう。魔法で大きくなったイチゴをステーキみたいに食べたり、巨大スイーツが空から降ってきたり……。表紙の1枚絵だけでも見所がたくさん隠されていている。ただ呆然と見つめているだけで楽しい。

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この美女の正体は……!?入江亜季『乱と灰色の世界』(エンターブレイン)1巻より

参考

現在、マンガ専門のニュースサイト「コミックナタリー」にて、『乙嫁物語』と『乱の灰色の世界』の特集が組まれている。どちらも「絵を描くこと」に注目しており、なかなか見ることのできない両作家の作画の過程が動画として配信されているので気になった人はレッツアクセス!

http://natalie.mu/comic/pp/otoyomegatari

http://natalie.mu/comic/pp/rantohaiironosekai

■森薫と入江亜季。対照的な二人

史実や資料からイマジネーションを働かせていく博物学タイプの森、自由なイマジネーションに身を任せて、見せたい絵からストーリーを紡ぐような入江。好対照な二人の作品だが、どちらも「絵の快楽」を感じさせてくれる。ほんとうに絵が描くことが好きで好きで仕方がないさまが画面から読者に迫ってくる。

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好きだと思ったら居ても立ってもいられない。これが、絵描きという病!森薫『乙嫁物語』(エンターブレイン)1巻より

絵描きゆえの快楽とは、何だろう?例えば『乙嫁物語』のあとがきマンガ。中学から高校時代にシルクロードにハマった森は、関連書を読み漁ったあと、興奮しながら模写するという描写がなされている。「ああああああ」と雄たけびを上げ、すごい速さで落書きをはじめてしまう。これが絵描きという病なのか、と見てるほうも思わず手に汗握る。

一方、入江は前出のインタビューでカラー原稿について「お金もらって遊べる、みたいな感じでしょうか。仕事なんだけど(笑)。」と語っている。また、『乱と灰色の世界』第5話「最上階の王子」の中でも絵を描くシーンがあり印象的だった。

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入江亜季『乱と灰色の世界』(エンターブレイン)1巻より

さらに、単行本に封入されているハガキは、どちらもみっちりイラストがところ狭しと描きこまれている。このハガキを出すべきか手元に置いておくべきか悩む人も多いだろう。特に森は必須事項まで手書きするという徹底ぶり。その字はレタリングのように美しい。性格が出るところだ。

絵を描くことが好きな作者の前に白い紙を差し出せば、すぐに落書きだらけになるのだろう。描くことではじめて、作者の内にしかなかった世界は形となり、私たち読者はそれを知ることができる。マンガとはまるで魔法のようである。いくらでも描きたい世界がある、それは作家冥利につきることだ。私たちはその世界を楽しめばいい。こんな幸福なことはない。
次回はこうの史代の『この世界の片隅に』の魅力に迫りたい。絵を描くことが好きな少女に訪れた悲劇とは?持てる者がそれを失うときの悲しみの深さ。それは何も持っていない者より激しいものだ。


ここでお知らせ!

「マンガ漂流者(ドリフター)」が授業になった!
第4回「描く快楽~このマンガ家のこの描き方~」
11/30(月)20:00~@渋谷ブレインズ

■授業内容

詳細はこちら。

聞こう!学ぼう!「マンガ漂流者(ドリフター)」。
物語、構成、そして、作画。
第4回の講義はマンガに大切な要素である「作画」がテーマです。

これまでの流行を一変させ多くの作家に影響を与えた作画、絵がうまい作家の特徴(描くことでおろそかになるセリフなど)、大島弓子の絵が与えた影響、大友克洋ショックから高野文子までニューウェーブマンガの特徴、講談社系青年誌マンガの絵の特徴、90年代の女性マンガから発達した女性のくちびる表現、特徴的なトーンの貼り方、アニメからの影響、絵を描く快楽に憑かれている森薫、入江亜紀など「コミックビーム」「フェローズ!」で活躍する作家たち、みんな大好き中村珍先生の作画への情熱!など、主にニューウェーブ以降の作画のトレンドを追いつつ、さらにマンガ家が絵を描く快楽とは何なのかを探っていきます!さらに今回はテーマが作画なので資料を多めに用意!マンガに限らず「絵」に興味がある人も集まれ~!

さらに今回はゲストとして、小学館「ヤングサンデー」の編集を務めたのち、河出書房「九龍」、ポプラ社「ピアニッシモ」にて編集長を務めた島田一志さんをお迎えします。担当だった五十嵐大介、西島大介、多田由美、鈴木志保、古屋兎丸の話はもちろん、上條淳士、浅田弘幸、小畑健など巧すぎる絵のマンガ家たちへの熱き想いを聞け!

■おまけ

懇親会ではマンガにまつわる酒がふるまわれます!
気になる人は早めに予約を!読者のみなさんと授業で会えることを楽しみにしています。

■ご予約はこちらから!

webDICEでの連載では、作家をメインにしていますが、授業では「マンガ」とは何か?そのものを問い、全体を俯瞰し、さらに気になる部分を掘り下げ、現状の確認、そしてこれからについて考えていきます。連載では一部の引用しか見ることができませんが、授業には資料をいろいろ持参していきますので、原典を手にとってもらえることもメリットでしょうか。もちろん授業や連載の内容で分からなかったこと気になることがあった人も安心!毎回、懇親会(※ 料金含む)にて、それぞれの個人的な疑問、質問にお答えしています。もちろん差し入れも大歓迎!マンガ好き集まれ~!

(文:吉田アミ)



吉田アミPROFILE

音楽・文筆・前衛家。1990年頃より音楽活動を開始。2003年にセルフプロデュースによるソロアルバム「虎鶫」をリリース。同年、アルスエレクトロニカ デジタル・ミュージック部門「astrotwin+cosmos」で2003年度、グランプリにあたるゴールデンニカを受賞。文筆家としても活躍し、カルチャー誌や文芸誌を中心に小説、レビューや論考を発表している。著書に自身の体験をつづったノンフィクション作品「サマースプリング」(太田出版)、小説「雪ちゃんの言うことは絶対。」(講談社)がある。2009年4月にアーストワイルより、中村としまると共作したCDアルバム「蕎麦と薔薇」をリリース。また、「ユリイカ」(青土社)、「野性時代」(角川書店)、「週刊ビジスタニュース」(ソフトバンク クリエイティブ)などにマンガ批評、コラムを発表するほか、ロクニシコージ「こぐまレンサ」(講談社)やタナカカツキ「逆光の頃」の復刻に携わっている。現在、佐々木敦の主宰する私塾「ブレインズ」にて、マンガをテーマに講師を務めている。
ブログ「日日ノ日キ」

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