左)『いばら・ら・ららばい』(講談社)全1巻書影 右)『いばら・ら・ららばい』
■かわいい かわいい 女の子たち
「思ったことをすぐ口に出して言ってしまう」「嘘がつけない」「本音が顔に出てしまう」
こんな性格のせいで美人でスタイル抜群、誰からも愛されそうなシュッとしたうるわしい顔の24歳の女の子・茨田さんは、不器用で他人とうまくつき合えない。彼女を中心に紡がれるタイプの違う4人の女の子たちのエピソード。
ぴりぴりとするのはこのお話がきれいごとではない女の子たちの本音を語っているからだ。『かよちゃんの荷物』で描かれることのなかった影の部分。誰にでもあるマイナスの感情との折り合いをつけ、最後に救いを用意してくれる。紛れもないハッピーエンド!これぞ王道の少女マンガだ。
対人関係がうまくいかないことを悩む茨田さん。彼女のことをよく知ればそこが個性だと愛せるのだけど……。「いばら・ら・ららばい」より
■隣の芝生は青い
自分がほしくてほしくてたまらない、自分が持っていないものを持っている人は、遠くにいれば憧れるだけだけど、近くにいたら嫉妬してしまう。それが嫉妬だなんて気がつかないで、意地悪してしまう。「いばら・ら・ららばい」は、そんな女の子たちの心の動きをとてもていねいに描いている。
茨田さんと対照的にその場の和を重んじて「嫌だ」と表明できない、他人に流されがちな度上さんは、茨田さんのことを妬んでしまう。でも、度上さんは知っている。彼女がとても「かわいい」人だということを。度上さんには好きな人がいて、その相手も同じように茨田さんに対して感じていると聞いたときのこと。度上さんは相手と同じような気持ちなのに同意することができない。意中の相手が異性を褒める時に生じるいがいがした気持ち。それは嫉妬だ。
負の感情である嫉妬がひらりと裏返る瞬間。好き。「いばら・ら・ららばい」より
そこで、空気を読めない女の子・茨田さんの素直が救いになる。彼女は度上さんのことを「かわいい」と思っていると告げると、度上さんのいがいがは氷解してしまう。お互いがほしいものを相手はすでに持っており、そのことを「羨ましい」と言葉にした途端、共感が生まれる。彼女たちは「同じほしいものを手に入れられない者同士」。同じ気持ちだと相手を理解できるのだ。そして、自分が「相手が焦がれても持つことができないもの」を持っていると知ることで自尊心は満たされ、相手を嫉妬してしまうということは裏を返せば「相手の好さを知っている」ということだ。隣の芝生が青いように自分の芝生の青さを誰かが知っていてくれること。
■ブスは努力してもブス 卑屈になってしまう自分が大嫌い
2話では、かわいくない自分を「どうせがんばってもブスはブス」と卑屈になってしまう平良さんが主人公。彼女もまた、そんなふうにマイナスな感情を持ってしまう自分が嫌いだ。マイナスな感情を持つこと、それ自体が悪いことではないはずなのに平良さんは、その「心地好くない自分」と向き合わず逃げている。
橋さんを心では見下している平良。「いばら・ら・ららばい」より
アイプチで無理やり二重にした目、寄せてあげた胸、ヴォリュームたっぷりのマスカラ、ヒールの高い靴。橋さんは、女の子でいることを頑張っている女の子だ。「かわいい」と思われたい内面と外面が一致している橋と「かわいい」と思われたいけどかわいくしてはいけないと思い込んでいる平良とは対象的である。そのくせ、自分のことは棚に上げ、彼女のことを見下してしまう平良は美しくない。「かわいい」という戦いの土俵に上がることさえせず、敵前逃亡。試合放棄。そんな自分が「性格が悪い」ということも平良さんは「分かっている」のである。分かっているからこそ、マイナスな感情を抱いてしまうことが彼女はとてもつらいのだ。それ以上、傷つきたくないから深く考えはしない。この想いは誰にも気づかれてはいけない。醜く、汚い感情だ。こんな感情を抱いているなんて、恥ずかしい。そう感じる平良は、その想いを隠そうとする。だが、ささいな言動から橋に気づかれてしまうのだ。
続けて「いいと思うならフツー自分もやるんじゃない」とぴしゃり。「いばら・ら・ららばい」より
前回、雁のマンガは、「思考がゆっくりゆっくり呟くようにコマに紛れて霧散し、再び発見されて繋がる」と指摘した。行きつ戻りつ、煩悶する平良の内面を描いたこの話では、その手法がうまく生かされている。
誰もいない部屋で一人になり、自分の腫れぼったい一重まぶたをアイプチしようとして失敗するとき、こんな詩的なモノローグが続く。
「いかに自分を 深くよく 知るかということ ……それ」
ここで場面は回想シーン。服屋で店員にかわいいなと思って手に取った洋服。そして、すすめられるままに買ってしまう自分。買いながらも、
(こんな服 こんな… 着たり しないよ ただ 本当に かわいくって つい)
と言い訳する内語に対し、
「あたしは 自分を」と、詩的なモノローグが重なり、(ただ あんまり 本当にかわいくって つい)と内語が呼応し、「いやって 程」、(…… こういうのを着て 許されるのっていうのは)と言葉が続き、茨田さんの顔。
モノローグと内語、現在と回想シーンが交錯する心の混乱。「いばら・ら・ららばい」より
この流れが、すごいし、巧い。
ここで平良が自分と向き合おうとせず、自分さえも欺き誤魔化している。その様子を内語と答えを出さない詩的なモノローグを重ね合わせ、混乱させることで自分と向き合わない女の子の心情をうまく表現している。そして、読者は知るのである。躊躇われ答えを出さず、ごくりと飲み込まれた本音さえも、彼女にはまだ、ないということを。平良は、自分の本音を分かっていない。自分と向き合わなければ、自分の本音、すなわち、自分にとって心地好い自分になることはできないのである。誰かと比べて卑屈になっているだけである。この過程を丁寧に描いているからこそ、最後に訪れる「救い」が彼女にとっても、読者にとってもあたたかいものとなるのだ。
■あなたとわたしは違うけど、違う分だけ仲良くなれる
相手から見れば輝く日向のようで、自分から見れば暗い影のようでも、その影と日向はどちらも同じ野原にあった。対照的な女の子の異なる視点が示され、共感し、癒される。物語の構造は、2話まで同じだ。その過程を経て、やっと茨田さんが主人公になれる3話。彼女は共感されにくい、変わった人物として描くために、この2話のクッションが必要だった。読者は「茨田さんは見た目は無愛想だけどかわいい人」ということを知っている。だからこそ、彼女が「かわいく」できず、「他人に誤解されたままでもいい」と諦めてしまう姿に胸を痛めることができる。
言いたくても、その場では言えなかった言葉。そんなつもりはなかったのに思わず口をついて出てしまった失言。一度の後悔、一度の失敗を経て、閉じこもり、誰とも関わらないほうがずっと楽。どうせ自分のことなんか誰にも分かってもらえないんだから。かつて「空気が読めない」と、押された烙印があまりにも重くて、そんな風に諦めてしまう気持ちを抱く、茨田さんはやっぱり「かわいい人」なのである。
同僚の黒岩くんを全否定。失言してすぐに激しく後悔する茨田さん。どうする!?「いばら・ら・ららばい」より
4話は男の人なら誰でも「かわいい」と愛される容姿と性格を兼ね備えたモテる女子・石田が主人公。誰からも求められ愛されてしまう故に、彼女は誰かを強く焦がれる必要がない。だが、彼女は茨田のように圧倒的な美人ではない。彼女がモテるのは、いろんな男性に媚ているからであり、そういった男を惑わす素振りを同僚で友だちのしーちゃんに説教されてしまう。
石田は愛されたいから男性に媚びているのだろうか?それは事実ではあるが微妙に違う。彼女が彼女にとって「心地好い自分」というのは、「誰からも愛される自分」というだけなのだ。まず、自己愛が先に立つのである。自分を好きな相手が好き。そこには自己愛しかない。傷つくことも、相手を焦がれることもしないというのは自分がないのと同じではないか、と気がついてしまう。
「あたしは あたしを 好きな人が―――― 好きなの?」
誰からも愛されるモテモテの女の子だって、悲しみや不安は、あるのだ。石田のその答えは宙ぶらりんなまま、先送りされる。
モテモテの石田嬢。「わーこりゃないわー」というわりには能面のように表情を変えてない。「いばら・ら・ららばい」より
度上、平良、茨田、石田……このまったくタイプの違う4人の女の子たち。どの女の子も、とてもとてもかわいく、愛おしく、抱きしめたくなる。こんなふうに思えるのは、自分の中に彼女たちと同じ感情を見つけるからかもしれない。
美しいものが
私のまぶたを
そっとなぜると
いつか
やさしい、きれいな気持ち。心地好い自分。みんな女の子。「かわいい」を諦めていない子は、みんな。「いばら・ら・ららばい」より
■このマンガが面白かった人にはこんなマンガもおすすめ!
今回とりあげたマンガを読んだ人に何処か似た印象を持つマンガをおすすめ!また、おすすめマンガをすでに読んでいる人は今回とりあげたマンガを読むきっかけに。最後の背を押します。相互にリンクして、無限のマンガ世界へ飛び出していこう!手にとってもらわなければ意味がないので、ここではなるべく手に入りやすい本をおすすめしています。
BL(ボーイズラブ)作家としての雁須磨子
雁須磨子『ひな菊』(幻冬舎)
ゆるふわで心地好い人間模様を描いた『かよちゃんの荷物』、女の子が持つマイナスな感情を抱きしめてあげるような『いばら・ら・ららばい』と対照的な2冊を紹介してきたが、彼女にはもう一つ、無視できない要素がある。それはBL、ボーイズラブ作品だ。初期の雁の作品では、現在のように女のキャラクターを愛しきれず、「分からない」と突き放し、ちょっと厭らしく描いているようなところがある。その一方でBL作品では、男の子たちがとても愛おしく、素直にかわいらしく描かれている。単にマンガで描かれる主題の流行が時代を経て変化したとも捉えられるが、現在の作風が好きなでBL作品をまだ手にとっていない人、BLが苦手な人にこそおすすめしたい。男×男で描くことでしか描けない関係、空気感があり、そして、それがとても心地好い。同タイトルは99年にオークラ出版から、06年に幻冬舎より新装版が発売されている。
他にも体当たりエッセイマンガでは「カリスマ探訪記」、お仕事マンガなら自衛隊が舞台の「どいつもこいつ」、大正時代のおきゃんな娘たちを描いた「幾百星霜」など、いろんなジャンルにチャレンジしている。まだまだ奥深き雁ワールド!それぞれ探求していこう。
ホモでもないのに自分のことをすごく好きになってしまった友人に1回だけ体を許してしまう。「はしろうか」より。『ひな菊』収録鳥を見て 飛びたくなったことがありますか
ウィスット・ポンニミット『everybody everything』(星雲社)、『ヒーシーイット アクア』(ナナロク社)
鳥を見て 飛びたくなったことがありますか
魚を見て 泳ぎたくなったことがありますか
そしてこういう風に考えたこと ありますか
魚と鳥はどれだけ
人間のことをうらやましがっているか…
人間のことをうらやましがっているか…
「電車」より
タムくんの愛称で知られるタイ出身のマンガ家、ウィスット・ポンニミット。彼の日本では初の短編集『everybody everything』に収録された「電車」もまた、「隣の芝生は青い」というない物ねだりする滑稽さが描かれている。
180センチに1センチ足りないだけの179センチ。奥さんはミス・タイランド準決勝で負けたという他人が聞いたら平均以上の幸せを手に入れている車掌が運転する電車に乗り合わせた人々。「人生に絶望」したと嘆く車掌が、人々を道連れに自殺しようとしたとき、彼らが起こした行動とは?
誰もが羨む幸せな人生でも、当人にとって気に入らなければ満たされることはない。この世界では、誰かが誰かを必ず羨んでいる。自分の人生を嘆くことは自分と同じ羨む誰かの妬みを生むのだと想像してみよう。負のサイクルよりもプラスの感情のほうがずっと心地好い。「電車」の他、7編が収録されている。
大人になったぼく。ファミコンに夢中で、よくママに怒られていた子ども時代を思い起こす。大人だってゲームしたいって思って良いんだ。「GAME」より。『everybody everything』収録
ミュージシャン、アニメ作家としても活躍し、最近では細野晴臣と共演することも多いタムくん。03年ごろより、ずっと一人で個人制作したアニメに合わせて音楽を奏でるパフォーマンスを行っている。今年、ナナロク社より発売された『ヒーシーイット』には、ライブで上映するたびに感涙をさそった「部屋」のマンガ版が(ついに!)収録された。生まれて、老いて、死んでいく。セリフ、モノローグは一切なし、感動させてやるぜ!な気負いもなく、ただそれだけが描かれている。他10編が収録。解説は谷川俊太郎。
できる人が、できない人にできるハズって言うのは、マズイんじゃないですか
ひぐちアサ『ヤサシイワタシ』(講談社)全2巻
マイナスの感情だって視点を変えればプラスにもなる。マイナスな感情を抱くだけなら誰にでもあることだし、そんなに悪いことではない。しかし、その感情が暴走し、相手を傷つけてしまうとなると話は別である。『おおきく振りかぶって!』でブレイクしたひぐちアサの初期短編集にはそんなひりひりがいっぱい詰まっている。生きにくい女の子が必ず救われるのが少女マンガなら、こちらは青年マンガである。でも、こうしたひりひりを知っているから他人に優しくできるのかも知れない。『ヤサシイワタシ』とは、そうでありたい自分。願いがつまっている。だからこそ、この作品もまた、胸に響くのである。『いばら・ら・ららばい』の毒であり、マイナスな感情に惹かれた人におすすめだ。
★vol.1はコチラから
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ここでお知らせ!
「マンガ漂流者(ドリフター)」が授業になった!
第4回「描く快楽~このマンガ家のこの描き方~」
11/30(月)20:00~@渋谷ブレインズ
■授業内容
聞こう!学ぼう!「マンガ漂流者(ドリフター)」。
物語、構成、そして、作画。
第4回の講義はマンガに大切な要素である「作画」がテーマです。
これまでの流行を一変させ多くの作家に影響を与えた作画、絵がうまい作家の特徴(描くことでおろそかになるセリフなど)、大島弓子の絵が与えた影響、大友克洋ショックから高野文子までニューウェーブマンガの特徴、講談社系青年誌マンガの絵の特徴、90年代の女性マンガから発達した女性のくちびる表現、特徴的なトーンの貼り方、アニメからの影響、絵を描く快楽に憑かれている森薫、入江亜紀など「コミックビーム」「フェローズ!」で活躍する作家たち、みんな大好き中村珍先生の作画への情熱!など、主にニューウェーブ以降の作画のトレンドを追いつつ、さらにマンガ家が絵を描く快楽とは何なのかを探っていきます!さらに今回はテーマが作画なので資料を多めに用意!マンガに限らず「絵」に興味がある人も集まれ~!
さらに今回はゲストとして、小学館「ヤングサンデー」の編集を務めたのち、河出書房「九龍」、ポプラ社「ピアニッシモ」にて編集長を務めた島田一志さんをお迎えします。担当だった五十嵐大介、西島大介、多田由美、鈴木志保、古屋兎丸の話はもちろん、上條淳士、浅田弘幸、小畑健など巧すぎる絵のマンガ家たちへの熱き想いを聞け!
■おまけ
懇親会ではマンガにまつわる酒がふるまわれます!
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webDICEでの連載では、作家をメインにしていますが、授業では「マンガ」とは何か?そのものを問い、全体を俯瞰し、さらに気になる部分を掘り下げ、現状の確認、そしてこれからについて考えていきます。連載では一部の引用しか見ることができませんが、授業には資料をいろいろ持参していきますので、原典を手にとってもらえることもメリットでしょうか。もちろん授業や連載の内容で分からなかったこと気になることがあった人も安心!毎回、懇親会(※ 料金含む)にて、それぞれの個人的な疑問、質問にお答えしています。もちろん差し入れも大歓迎!マンガ好き集まれ~!
(文:吉田アミ)
■吉田アミPROFILE
音楽・文筆・前衛家。1990年頃より音楽活動を開始。2003年にセルフプロデュースのよるソロアルバム「虎鶫」をリリース。同年、アルスエレクトロニカ デジタル・ミュージック部門「astrotwin+cosmos」で2003年度、グランプリにあたるゴールデンニカを受賞。文筆家としても活躍し、カルチャー誌や文芸誌を中心に小説、レビューや論考を発表している。著書に自身の体験をつづったノンフィクション作品「サマースプリング」(太田出版)、小説「雪ちゃんの言うことは絶対。」(講談社)がある。2009年4月にアーストワイルより、中村としまると共作したCDアルバム「蕎麦と薔薇」をリリース。また、「ユリイカ」(青土社)、「野性時代」(角川書店)、「週刊ビジスタニュース」(ソフトバンク クリエイティブ)などにマンガ批評、コラムを発表するほか、ロクニシコージ「こぐまレンサ」(講談社)やタナカカツキ「逆光の頃」の復刻に携わっている。現在、佐々木敦の主宰する私塾「ブレインズ」にて、マンガをテーマに講師を務めている。
・ブログ「日日ノ日キ」