骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2009-11-12 23:00


「真実としていちばん捉えうるのが、彼ら彼女らの語りだった」─『南京・引き裂かれた記憶』武田倫和監督インタビュー

南京大虐殺の加害・被害双方の声を映像で体験するドキュメンタリーが11/14より公開
「真実としていちばん捉えうるのが、彼ら彼女らの語りだった」─『南京・引き裂かれた記憶』武田倫和監督インタビュー
『南京・引き裂かれた記憶』の武田倫和監督

1937年12月に当時の中国の首都南京を占領した旧日本軍による残虐行為。70年を経過した現在も論争を巻き起こしている南京大虐殺の真実を追ったドキュメンタリー『南京・引き裂かれた記憶』が11月14日(土)より渋谷アップリンクにて公開される。『南京戦 閉ざされた記憶を尋ねて―元兵士102人の証言』などの著書を持つ松岡環氏をインタビュアーに、7人の被害者そして6人の元日本兵の生々しい証言で構成された今作は、これまで取り上げられることのなかった体験者の声を映像化した作品としても貴重なものである。構想から5年をかけて今作を完成させた武田倫和監督に話を聞いた。

被害者と加害者のギャップを伝えたかった

── 作品のなかでもナレーションがありますが、今作を制作されることになったのは武田監督のおじいさんの思い出からだったそうですね。

もうひとつきっかけがあって、映画のなかでインタビュアーをやっていただいた松岡環さんと2004、5年くらいに出会ったんです。彼女は1997年くらいから南京大虐殺に特化して、元兵士のおじいさんの証言や南京の被害者の方々を、本にするつもりで文章のかたちで取材されていました。おじいさんたちはその当時で80歳を超えてご高齢なので、映像にまとめるつもりはなかったらしいんですが、資料としてビデオを撮っていたんです。そのとき僕も南京について学校の教科書や授業に出てくるように、ひどいことがあったんだということくらいの意識しかなかったときに、父親の仕事の関係で松岡先生と知り合って、昔から撮っていた映像で個人のライブラリーとしてまとめられないかなという話をいただいたんです。その際に2冊の証言を集めた本を読ませていただいたときに衝撃を覚えて。犯罪行為にもかかわらず、女性を強姦したりということが淡々と文字で記録されていたこと、取材現場に置いていたカメラの映像で実際の顔やしゃべっている表情もショックだったんです。制作にあたっては、加害者側を描く映画はもともと少ないと思うんですが、僕が観ていたのは『リーベンクイズ』とか中帰連(中国帰還者連絡会)と呼ばれる、中国で一回捕虜になった人が淡々と自分の罪を告白するというようなインタビューでした。そうした作品は意識のなかにありました。

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『南京・引き裂かれた記憶』より


── 松岡さんは何回もおじいさんの元に通うことでやっと話してもらえるようになったんでしょうか。

実際この作品の制作のために2005年からおじいさんのところに行きはじめて、松岡さんが人間関係を培ってきたこともあり、僕が中型のカメラを置いても、しゃべってもらえる。最初は自分の戦争の体験からスタートして、南京の話になると、どんどん熱が入ってきて。罪を問われることをしたんだという意識が少しでもあったら、ぜったいああいうしゃべり方にならないだろうということが、僕はいちばん辛かったです。

── 想像以上におじいさん方が話してくださったんですね。

何人かの方に聞いていくなかで、これが日本の加害者の側のスタンスなのかというのが衝撃的でした。だからここを伝えないといけないんじゃないかと。まず日本では三重県と奈良県を中心に撮影を進めていったんです。その後南京には6回行って、追加撮影で1回行きました。南京での撮影のときに記憶に残った話に、タクシーに乗ったら運転手さんに「南京の町で石を投げて、当たった人の身内に、誰ひとり南京大虐殺の被害に遭ったことがない人はいない」と言われたというのがあるんです。この町は昔から人々が定住しているからという意味だと思うんですけれど、だから被害者側の記憶や体験がすごく下へと受け継がれていっている。それに比べて、自身のことを考えたときに、自分のおじいさんがなにをやっていたかもほとんど知らない。だから、日本では加害者の体験はぜんぜん下に伝わっていないんだなというのを気づきました。

── その落差を作品で伝えたかったと。

映画として形にまとめようと思ったときに、そのギャップをメインに行きたいということを思っていました。

── 本編では被害者と加害者の話が交互に登場しますが?

最初は分けて編集していたんですけれど、最終的に重ね合う部分を見つけていこうと思って、こういう形に落ち着きました。

── 撮影を続けていかれる間にも、語る方が高齢のため次々にお亡くなりになっていく、そうしたことへの危機感もありましたか?

みなさん一回目にお会いした際はお元気だったので大丈夫だろうという感覚だったんですが、90歳くらいの方なので、撮影の最後のほうで二回目に訪ねていくと、亡くなっていたということがあって。山奥に住んでいらっしゃったりすることもあって、超高齢という方々は一回一回が勝負だという気持ちでやっていました。

── その企画から撮影の期間でも、日本での南京大虐殺に対する人々の意識の変化もあったのではないかと思うのですが?

南京に関しては、反対する人も調査している人も本はたくさん出ているんです。でも映像に関してはまったく素材がなかったので、これだけ教科書に載るような大事件を誰ひとりとして南京をとりあげたドキュメンタリーを日本人が作ってこなかったのは、なにかあるのかなと作っている最中もずっと思っていました。僕より少し前に、南京大虐殺はなかったという人たちが『南京の真実』を作られて、そういう人たちが発言力を持っている現状は、なにも変わっていないという気がして。

── オーラルヒストリーというのが歴史研究の上ではいちばん低いとされていることもあるのでしょうか。

そうですね、いちばんが文献資料、次が本人が書いた文字資料で、証言というのが研究者の資料としてはいちばん低いとされているんです。なので、今回は松岡さんの南京大虐殺に対する意見を描くというよりも、映像として評価の耐えられるものにしようという部分はやってよかったという気がしています。

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『南京・引き裂かれた記憶』より


若い世代の人たちにこそ観てほしい

── 今回公開となって客さんに観ていただくことで、新たな問題提起の糸口になると思います。映像で伝えるということの重要性は作品を観ていても感じました。

70年間論争の対象になってきたのは、事実が解らない、軍事的な資料が残っていないからだと思うんです。ですから、最初はもう少し解説的な部分も加えようと思っていたのですが、勉強したり、現地に行っていろんな研究をしている人の話を聞いていくうちに変わってきました。南京については様々な意見があるので、僕らの意思を入れるよりも、どんどん余計なものを省こうという気持ちで作りました。その外していくなかで、いちばん真実として捉えうるのはなにかといったら、やっぱり彼ら彼女らの語りしかないんじゃないかというのが最終的な結論だったと、振り返ってみて感じます。

── それは武田監督のドキュメンタリー作家としてのポリシーですか、それともこの作品を作っていくなかでたどり着いた結果ですか?

毎回そうですけれど、最初からこう作ろうと思っていたわけじゃないです。作っていく過程で、これにたどり着いた。

── ではこの問題に対しては加害者と被害者の語りを映像で残すということが最も有効であると。

それを観た人がいろいろと考えてもらわないと、千差万別のひとつとして僕らの意見だけを押しつける映画になってしまうので。

── 現実的に現地に行った一兵隊のした行為について記録を残すというのは難しいですよね。中国にもそれを正式に残す方法論もなかったんじゃないかと感じます。

特に日本はマイナスの記録は残さないですよね。中国はその後も内乱状態でしたから、本格的に取り上げられるようになってきたのは、文化大革命が終わってから。そこも変わっていたらこの問題も変わっていたかもしれない。

── この作品がいよいよ公開となって、徐々に周りのリアクションも高まっている状況だと思うのですが?

もっと大きく広がってほしいのはもちろんです。松岡先生くらいの世代の人は興味を持ってもらうのはもちろんですが、若い世代のほうが「南京大虐殺はなかった」と僕らと考えの違う人が多くて、あんなもの作り物だという人がいたり、チベットやウイグルについて問題を起こしている中国なら、南京についても作るだろうとネットで書いたりする人も多いので、そういう人たちにこそ観てほしいなという思いがいちばん強いです。僕もそうですが、おじいさんから戦争に行った側としてもなにをしたかというのを聞いたことがない。加害の記憶を聞いたことない人たちが一方的に嘘だと思ってしまう部分は怖いけれど、当然だと思う。でも、こんなことをしてきたんだという日本人がいれば、彼らの発想も変わってくるのではないか。自分たちも他の国の加害者になることがあるんだという気持ちを、ちょっと後ろから押してあげることができたら、被害を受けた国の人たちを理解できるようになるんじゃないかという気はするんです。だからそういう意味でも、南京ということについて、若い世代の人たちに耳で体験してほしい。戦争というものに興味を持って映画制作してきて、前の『ウトロ 家族の街』でも在日朝鮮人をテーマに、日本のなかでも差別的な扱いがあるというということを取り上げましたが、ほんとうの犯罪行為までやってきたんだという加害の面に目を向けてこなかった。これを観て、加害者は忘れても、被害者は忘れないということを考えるきっかけになったらいいなと思います。

── 言ってみれば、日本という国は無理矢理忘れようとしているところもあるのではないでしょうか。

いや、忘れないようにしている人もいると思います。日本側ももっと積極的になって、それぞれの国が永続的にこういう問題について積極的に関わっていけば、関係も変わってくるんじゃないかという気がしています。

── 今回このようなかたちで難しい問題をいちど作品として形にされて、これからはどんな映画制作を目指されていますか?

自分に関わりのある問題や人たちを撮っていきたいという気持ちはずっとあって。今回は自分のおじいさんの世代という、血の繋がりのある人たちが対象だったので、そのほうがやりがいがあるなと思った。今回の撮影で中国に行って、若い世代はあっけらかんとしているようで、想像以上に日本になんともいえない感覚を持っている。それは歴史の問題だけじゃないんじゃないかと思うところもあって。だから今回とはぜんぜん違うテーマに離れていくかもしれないけれど、例えばアジアを撮るにしても、日本人から見た中国や中国から見た日本といったように、ぜったいに自分を巻き込めるテーマにしていきたいと思います。

(インタビュアー:鎌田英嗣、駒井憲嗣 構成:駒井憲嗣)

『南京・引き裂かれた記憶』

2009年11月14日(土)より渋谷アップリンクにてロードショー
監督:武田倫和
取材・インタビュー:松岡環
製作:ノマドアイ・日中平和協会
(2009年/日本/DV-CAM/85分/カラー)

公式サイト


武田倫和 プロフィール

1979年、大阪府出身。原一男主催のワークショップCINEMA塾にて京都の在日朝鮮人の街ウトロをテーマにドキュメンタリー映画『ウトロ 家族の街』を製作。その後関西在住の塾生とドキュメンタリー製作団体ノマドアイを設立。以後、アジアと日本、特に中国と日本の歴史・未来をテーマに取材を続けている。2009年、ドキュメンタリー映画『南京-引き裂かれた記憶』を監督。

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