骰子の眼

music

東京都 渋谷区

2009-11-06 15:00


「地方では、あるべき姿で音楽と触れ合っている」─全国33ヶ所を廻ったツアー「歪曲巡礼」DVD発売記念トークショウ・レポート

「歪曲巡礼」DVD発売を記念して、Shing02と川口潤監督が撮影裏話を披露。Shing02によるサプライズ演奏も!
「地方では、あるべき姿で音楽と触れ合っている」─全国33ヶ所を廻ったツアー「歪曲巡礼」DVD発売記念トークショウ・レポート
左)川口潤監督、右)Shing02

10月7日、渋谷アップリンク・ファクトリーで開催された「歪曲巡礼」DVD上映会。ゲストにShing02と川口潤監督を招き、トークショーを行った。このDVDは、2008年に「歪曲」を発表後、“歪曲巡礼”と題して2ヶ月に渡り全国33ヶ所で行われたツアーの記録。映像作家の川口潤がインタビューやオフショットを交えた約100分のドキュメンタリーとして完成させ、2009年8月にリリース。トークショーでは、ゲストの二人が「歪曲巡礼」やこれまでの活動を振り返り、撮影裏話などを披露。終了時には、Shing02によるサプライズ演奏も飛び出したスペシャルな一夜となった。

ツアーの中で本当に自分が経験した起伏が重なった

川口潤監督(以下、川口):やっぱり大きい画面で大きい音で聞くと印象は違いますね。

Shing02:僕もこの本編というのは、川口さんにラフを送ってもらいラップトップでしか見たことなかったので、大きいスクリーンで見ることができて良かったです。割と尺が長いので観るのは大変だけど、もうちょっと頑張って観てみようという感情と、ツアーの中で本当に自分が経験した起伏とが重なりましたね。

川口:どういう経緯でこの作品を作るということになったかというと、「Mary Joy」というShing02が所属しているレーベルの肥後さんというプロデューサーの方から「今回のツアーを形にしたい」という話があって。だから年明けすぐくらいの2月、アルバム作っている途中くらいかな、オファーがありました。

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Shing02:そうですね。去年の2月から5月までがアルバム制作の最終缶詰期間みたいになっていて、6月には出すってことが一応決まっていました。自分はそれまでこのアルバムは6年間それ以前のアルバムから経っていたので、自分がずっと溜め込んでた素材を編集したり新しく録り直したりというのを初めて、締め切りがある状態でやったんですね。だからそのツアーだったり、もちろんこのドキュメンタリーが頭の片隅にもない状態で実際にツアーの初日を迎えてしまったというか。とりあえずアルバムを作り終わって出す、というので精一杯でした。もちろん理想があって現実があって、うまくいっている部分とそうでない部分というのをお手玉しながらとりあえず進んでいこうというのはありました。ライブって音源でもあるから、レコードとは全然違う世界だし、聞いていてすごく“ラフ”というかね、そういう部分も多々あると思います。自分のアーティスト性としては、自分が出来ることをいかに磨いてやるかというより、常に自分が出来ないことをチャレンジしてきたというのは言えると思うんですね。

それは全然謙遜して言っているのではなくて、本当に出来ないことを常に“トライ”してきた訳です。逆に言えば、始めた頃は何も出来なかった。当時は楽譜も何も分からない、ライブのやり方も全く分からないし、人の前で歌うのも声量もままならず、リズム感も良いのか悪いのか分からない。自分はただ曲を作る作業が楽しいし、ファーストアルバムを出したのが10年前で、その頃から川口さんにはお世話になっているんですけど、そういう所から生のリアクションがあって自分もすごく驚いて、そのおかげで自分が育てられたという部分があるんですね。このドキュメンタリーを通して、自分にはこういうアーティスト性があるというのが分かってもらえると思います。

アーティストとしてのShing02を知ってもらいたい

川口:お客さんやユーザーの中には、もうちょっとプライベートな部分も見たいと思う人もいると思うんですけど、僕としても今回は彼が発する映像作品としては初めてだったからということもあり、アーティストとしてどういう表現をしたいか、特にライブの部分で彼はどういうことをやっているのかという、アーティストとしてのShing02を知ってもらいたいというのがすごくあった。

Shing02:川口さんが帯同して撮ってドキュメンタリーにするというアイデアを聞いたとき、もちろん川口さんだから何でもOKなんですけど、アーティストのライブ+プライベートというありきたりなものより、音楽性にフォーカスして下さいって言ったんですよ。

川口:そうですね。

Shing02:だから今見て、計画性のなさから生まれる良さとか、格好良く脚色してありますけど、ツアーの最中というのは良くないハラハラドキドキもあったりする訳ですからね。

川口:そうだね(笑)。後半は、この作品でも結構カメラに向ってインタビューしている映像が多いんですけど、だんだん彼自身もそういうグルーブが出てきた感じがあって、それをそのままリアルに出せたかなとは思っている。

フジ・ロックみたいな大きいフェスと同じくらい、小箱も好きだったりする

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DVD「歪曲巡礼」より

Shing02:僕らはスケールとしてはまだフェスなんてツアーの中で2、3回あるくらいで、あとはこの位のクラブがメインだから、その中でどうやって雰囲気を出していくか皆で話し合いながら決めていったんです。「君はここでソロをやんなよ」とか、ちょっと演劇に近いノリだと思います。個人的には大きいフェスと同じくらい、小箱も好きだったりするんです。フェスっていうのはステージの上に立つとどんな音が出てるか、結構分からないんですよね。だからとりあえずやって、後で「どうだった?」っていう感じが多くて。むしろ小箱の方がお客さんの顔も分かるし、自分がどれだけ汗かいているのか人に伝わるし、その方が自分らの音楽に合っている時もあるんです。だからMCとDJだけで回るときもあるし、ステージが狭くてドラムを置くだけで大変っていう状況も何回もあったけど、一年経って、編成に関しては色んなことを試していきたいなって思っている最中です。

川口:今のShing02の初期型がそのまま写っているとは思うんだよね。去年のツアーをこなして色々分かって、その上でやっている部分や戸惑いはあまりなくなったでしょ、たぶん。

Shing02:そうですね。でも今見て「こんなことを思ってたんだ」って結構忘れちゃっている部分もあるし、この2ヶ月間もツアーをやっていたんですけど、やる前にこれを見ておけば良かったなって思いますね(笑)。

川口:そうだね。

Shing02:本当にインスタントだから。映画だったら尺が長いし、ぱっとまとめて投げるわけにはいかない。曲は結構ポータブルじゃないですか。だから自分の気性には結構合っていると思います。音楽の手軽さや、今のテクノロジーで人にシェアしやすいサイズだったりっていうのが。だから、古い曲をアレンジし直したり、新しい曲を取り入れていったりっていうのがまだまだ楽しいから、音楽っていうフォーマットを続けていきたいと思っています。

“お客さんあっての!”ライブなんです

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川口:本当ね、一緒にプロダクションをやるチームやライブメンバーは大変だと思うけど、彼のライブは台本が無いというか、初期衝動を大事にしていて、そこが彼の一番の魅力。作品でもDJ A-1が言っているように、ほとんどのアーティストのライブは事前の筋書きに沿ってやっているところがあるんだけど、彼はそういうのがたぶんあんまり好きじゃない。ある程度はあるけど、ライブの途中で平気で曲順を変えるし。一緒にやっているメンバーは大変だなって思うことはよくあるけどね(笑)。

Shing02:まぁまぁ、そこまで全くルースな訳ではないすよ。

川口:ルーズとは言ってないだろ(笑)。

Shing02:ルーズじゃなくて、ルース。全く構造がゼロって訳ではない。ライブで何かが変わるのはアクシデントだったりする訳ですよ。違うフォーメーションを試したり、急にお客さんに何か言いたくなったり、繋ぎが悪くなったら、この間はこっち行こうっていうのはある。特に僕とDJがやっているときはね、曲をやっている最中に「この曲を混ぜて」とか言ったり、「じゃあここで切ろう」とか。もっと大げさなスタイルだと、レゲエではラップする人のことをレゲエDJって言うんですけど、盛り上がった時に急に“pull up”って言って巻き戻して、もう一回“riddim”って言ってやり直したりとか。そういう緩急なんだけど、意表を突いたりとか、僕もDJとMCのタイミングっていうのはすごい面白いし「お客さんあっての!」ライブなんですよ。

初めてヒップホップのライブを見たときに、客のエネルギーが半端ないと思ったんですよ。たまたま僕が行ったのは、全国的に有名なラッパーじゃなくてローカルのヒーロー。CDもなく、カセットを手売りしていた時代。ダビングは2世代、3世代、4世代ってどんどん劣化していても皆一生懸命聞いて歌詞を覚えたり、その熱にすごく感動したんですよ。そういうところで、リスナーも互いに競いあっている。そんなアグレッシブな部分に僕も感化されたから、自分も10年経って、ちょっとでも多くそういうライブを作りたい、お客さんがお客さんを飲むみたいな、逆にそこに到達できなかったら、自分どんなに間違いのないライブが出来たとしても全然満足できないですね。

ボスニアに行って、音楽の良さを広めていかなきゃって思った

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DVD「歪曲巡礼」より

川口:撮り始めた当時は、今でもそういうところはあるんだけど、ビデオに残すとかそういうことを考えて彼はライブをやっていないから、興味ないという感じだったのと、当時はインタビューもやってなかったでしょ?雑誌の。

Shing02:そうですね。実際に振り返ってみて10年前の自分は他人も同然ですけど、その時はね。インタビューを受けたくないというよりは、とりあえず盤を聞いて欲しかった。その思いがすごく強くて、とりあえず前情報を出したくなかったんですよ。

川口:そうだね、そういう意図がね。

Shing02:自分のプロフィールも読んで欲しくないし、とりあえず盤を聞いてくれ、というのがすごくあって。あまり露出せずに、ライブに来る分には全然話すという、そういうスタイルだったんですよね。何でインタビューを受け始めたかって言ったら、自分が転換したきっかけがあったんです。縁あってボスニアという国をライブで訪れて。自分がそのライブのために書いてアレンジした曲(「My Nation」)を歌ったら、非常に感動してもらえた。その時はブライアン・イーノとかホレス・アンディもいたんだけど、若い人の中には「おまえのヒップホップが一番良かった」って言ってくれた人もいた。彼らはちょっと前まで何年間も爆撃され続けて、兵隊に入って人も殺したし、友達が死んでも何とも思わなかったって言ってた。だけど「俺は、明日親友が死んだらまだ涙を流す自信がある。なぜなら、自分はまだ人間だから」って。それで僕もすごく感動して、もっと広角に投げかけていかなきゃ、自分のエゴだけで「面白いレコードを作って人を驚かしてやろう、しめしめ」って思っているのがすごく小さく感じたんですよね。だから、インタビューも含めて首尾一貫したスタイルで、自分の知っている音楽の良さを広めていかなきゃって思ったんです。

地方では、あるべき姿で音楽と触れ合っている

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DVD「歪曲巡礼」より

(──ここで会場から質問を募る──)

観客:今回のツアーで全国をまわって、東京のクラブシーンと比べて一番違うと感じたのはどんな所ですか?

川口:本当は入れたかったんだけど、そういうサイドストーリーも実は撮ってはいたんですよ。Shing02も劇中で言っていたけど、地方の方が若い人が元気という感じがあるよね?

Shing02:うん。

川口:地方の人は東京に対するコンプレックスとか、お客さんがどうしたら入るんだろうとか、色々と葛藤はしているんだけど、だからこその温かさがある。お客さんが入るか入らないかは実際シビアな所でやっているとは思うけどね。

Shing02:自分にとって一番印象的だったのが、東京と地方の差という状況がありつつも、現場でやっている人は案外あるべき姿で音楽と触れ合っている人がすごく多かったことですね。漁師をやりながらDJをしているとか、農業をやりながらバンドやっているとか、すごく魅力的なバランスで仕事と音楽を両立させているんですね。逆に東京で頑張って農業と音楽を両立する方が難しいし、地方に適した生活と音楽のやり方というのがやっぱりあるんだと思うんですね。だから無理して仕事もしてないし、無理して音楽もしていない、両方とも自然体でやっている。自分の作ったものが人にどれくらい広がるか意識もしていないし、もっと工夫したら音楽の活動が潤うかもしれないけど、そこは自分は部外者として見ているだけだから、そこに毎日住んでいる人たちがどういう思いでやっているかというのはある意味共有できないですよね。でも、すごく良いインスピレーションに出合うことが出来ましたね。良い刺激になったし、これからそうなって行くんじゃないかという希望に近いようなイメージが湧きました。そして、地方の小さいコミュニティになればなるほど、必ずキーパーソンがいるんですよ、まとめている人が。

川口:親分肌のね(笑)。

人の有機的な繋がりというのがあった

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Shing02:大抵、彼らは一度や二度、東京で働いた経験を持っている。それでコンシャスに「地元に戻ってこういうことをやるんだ」っていう自負があってやっているから、もちろん都心の良さも知っているし、東京でなければ大阪の良さも知っているし、それで地元を活性化させていこうという。そして本当に面倒見がいい。タダで若い子にDJを教えてたりだとか、自分たちのネットワークを大事に、積極的にやっているんですよ。だからそういう人たちと繋がれるといいライブになるし、逆に言うと、「プロモーターにチラシ投げてお客さんが来ればいいや」っていうライブだと箱の雰囲気もそんなに良くないし、ただやって帰るってだけになっちゃうんですよ。そういうのはもったいないと思うし、去年の歪曲ツアーもうちのレーベルの肥後君が頑張って繋げたんですけど、きっと半分以上はコンタクトが来てたんですよ、来てくださいって。それで僕に直接来たのもあるし、レーベルに来たのもあるし、そういうオファーを繋げて初めて成し得た33公演だったんです。すでにあるローカルのシーンが受け皿になって呼んでくれたっていう、僕らが「何県に行きたいから」というのでなくて。そういう意味ですごくラッキーでしたね、人の有機的な繋がりというのがあったので。

川口:アーティストと地方に対しては全然遠くないというかむしろ近い感じがしたけどね。アーティストが来て生まれるグルーブみたいなものがあるかもしれない。

Shing02:だからもちろん地元のミュージシャンにもたくさん出会うし、出来る限りプロモーターとも話していたと思うけどね。

川口:話していたと思う。

Shing02:欲を言えば、もっと知りたいし、ライブがあったら次の日はオフの方がうれしいんですよ。その方がいっぱい話せるし、でもそうじゃない日もある。次にすぐ移動日があったりだとか、残念なんですね。出来るだけ交流を大事にしたいし、その結果、今思えば繋がっていったなと思います。

(構成・文:世木亜矢子)


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DVD『歪曲巡礼』

監督:川口潤
出演:Shing02、DJ A-1、山口元輝、竹島愛弓、Emi Meyer
2009年8月12日DVDリリース
発売元:Mary Joy Recordings
MJCD-051
¥3,800(税込)
★ご購入はコチラから

「歪曲」公式サイト




■川口潤 プロフィール

「SPACE SHOWER TV/SEP」を経て2000年に独立。親交のあるアーティストを中心に映像記録・制作を行い、プロモーションビデオの演出も多数。映画監督・甲斐田祐輔と共に「KATHMANDU TRIO PRODUCTION」を発足、運営に携わる。主なDVD監督作品は「eastern youth/その残像と残響音」「envy/transfovista」「Chara/LIVE LIFE」「Kosmic Renaissance/LIVE IN TOKYO」、2008年には、ニューヨークで開催されたボアダムスなどによるライブイベントを映像化した映画『77BOADRUM』を監督。

■Shing02 プロフィール

最先端のテクノロジーと解放的な文化が共存するサンフランシスコのベイ・エリアで才能を磨いているMC/プロデューサー。1997年より日本で活動開始。これまでに「絵夢詩ノススメ」、「Pearl Harbor / Japonica EP」、「緑黄色人種」、「400」を発表。国内外のプロデューサーとの客演も多数こなし、即興ジャズ・トリオ「Kosmic Renaissance」としての活動を経て成長を遂げた。2002年「400」以降、Shing02日本語アルバムが、6年の制作期間を経て完成。

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