骰子の眼

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東京都 渋谷区

2009-10-18 15:00


『マンガ漂流者(ドリフター)』第23回:マンガソムリエ編vol.1

2009年に面白かったマンガは何?年末年始に発表されるランキングに入りそうな話題作を紹介し、関連作品へリンク!
『マンガ漂流者(ドリフター)』第23回:マンガソムリエ編vol.1
芦原妃名子「Piece」1~2巻(小学館)

■はじめに

作家の歩んできた道をたどりながらあっちこっと脱線していくシリーズはタナカカツキ編にて、ひとまず終了!そろそろマンガランキングの季節……。というわけで2009年に面白かったマンガ、そこから過去の作品へとリンクすることで、興味の幅を広げます!次にどのマンガを読もうかな?そんな迷えるマンガファンたちをナビゲートします。

■芦原妃名子「Piece」1~2巻以下続刊

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高校時代のクラスメイト・折口はるかが死んだ。失恋と同時に彼女の訃報を知った主人公・水帆。これまで他人と深く関わることを避けてきた水帆だったが、自分を変えるきっかけとして「はるかの彼氏を探して欲しい」という頼みを引き受けた。本能ではなく損得勘定で行動してしまう水帆と対照的に誰とでもすぐに打ち解けてしまう軽薄だが謎の多い男・成海との関係は?目立たない地味な存在だったはずの折口はるかという一人の少女が少しずつ色づきはじめる時、水帆自身も過去の自分と向き合うことになる。無数の伏線が張り巡らされ、謎が謎を呼ぶミステリー。ストーカー、いじめ、妊娠、堕胎、不倫……ショッキングな事実、不穏な空気が漂うのに読後感は決して悪くない。それは不器用にも誰かが誰かを想っていたということだから。現在、小学館「ベッコミ」にて、不定期連載中。

芦原妃名子「Piece」1巻(小学館)

おすすめポイントその1

“知りたい”その強烈な渇望

他人を「知ろう」とすること、怖いのに、傷つきたくないのに「知りたい」と思ってしまうこと。それは、単なるエゴなのかそれとも愛なのだろうか?作中では、繰り返しいろんな「知りたい」という欲望について問われる。死んでしまったあの子のことを「知りたい」と想い、行動することで、訪れる変化は「救い」に繋がればいい。いつしか読者も水帆と同じように「知りたい」と願っているはずだ。

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自分を親友だと偽っていたはるかと関わることを決めた水帆。物語が動き出す!芦原妃名子「Piece」1巻より

おすすめポイントその2

丁寧な演出と複雑な構成

これまで少女マンガでは短編作品で個別に表現されてきたようなエピソードが一つのお話の中に無理なく整頓されている。また、演出はテレビドラマのように丁寧で分かりやすいため、ふだんマンガをあまり読まない人や少女マンガが苦手な人にも十分おすすめできる。一方で時間軸があっちこっち飛ぶなど少女マンガらしい複雑さもちゃんと併せ持っているのが面白い。どうしても深刻になりがちな内容だが、時折、差し込まれる日常の些細な幸せ、登場人物たちの思わぬ言動やポジティブな思考が救いとなり、物語が重くなりすぎないギリギリのラインを維持している。これぞ、エンタメ!

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プレゼンテーションのように分かりやすい人間分析。芦原妃名子「Piece」2巻より

おすすめポイントその3

そんなキャラだったっけ?役割を演じることを放棄するキャラクターたち

矛盾を抱え、一面的には理解できない登場人物たち。安心できるキャラだと切り捨てられない複雑な心象描写が魅力!理屈じゃない感情の動きを描き出す時、「キャラ」ではなく生き生きとした「キャラクター」になる。人には嫌な部分、良い部分は必ずある。嫌な部分一つとって相手を全否定してはいけない。しかし、どうにも分かり合えないこともある。彼らもまた理想と現実に揺れ動く矛盾した存在。だからこそ、魅力的であり、読者は共感してしまう。

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成海に「自分の気持ちより なんでも物事を合理的に決めてしまう」と指摘された水帆がとった行動とは!?芦原妃名子「Piece」1巻より

■このマンガが面白かった人にはこんなマンガもおすすめ!

今回とりあげたマンガを読んだ人に何処か似た印象を持つマンガをおすすめ!また、おすすめマンガをすでに読んでいる人は今回とりあげたマンガを読むきっかけに。最後の背を押します。相互にリンクして、無限のマンガ世界へ飛び出していこう!手にとってもらわなければ意味がないので、ここではなるべく手に入りやすい本をおすすめしています。

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私は壊れた回転木馬だから

岩館真理子「アリスにお願い」全1巻

完璧な美少女アリス。彼女と美名子が共有している秘密とは!?岩館真理子の少女マンガには少女を見つめる客観的な視点がいつも寄り添っている。分からないものは分からないまま保留にして、少女を「観察」するのだ。愛おしい誰かのために犠牲になり、罰を受ける甘美に酔いしれることができるだろう。そして、誰にも犯すことのない聖域を持っているアリスと何処にでもいる普通な少女・美名子の関係だが、これは紛れもなく「恋」なのだろう。精神的な「百合」ものとしても、「ミステリー」として、登場人物のそれぞれの視点が交差し、徐々に真実が浮かび上がる構成は『Piece』にも通じるところも。文庫版が比較的手に入りやすいだろう。なお、書影のワイド版のもの。こちらには吉本ばななとの対談が収録されている。

岩館真理子「アリスにお願い」全1巻(集英社)

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いつの間にこんな自己中なスイッチが入ってしまったんだろう?

望月花梨「スイッチ」全2巻

先生に恋をしてしまった生徒の心の動きが丁寧に描写されている。人を知るということ、好きになるということの「怖さ」、だけど知りたいと渇望する「好奇心」が入り混じった感情を説明しすぎず、さらりと描くセンスが光る。好きになる「スイッチ」が入ってしまったら止められない。それが誰かを傷つけることだったとしても。そんな後ろめたい恋愛がいっそ、蠱惑的なのだ。同じ作者の「欲望バス」は文庫になっているので、比較的手に入りやすいだろう。

望月花梨「スイッチ」全2巻(白泉社)

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お前を好きな 男の子がいたわ

山岸凉子「舞姫 テレプシコーラ」第一部 1~10巻(第二部以下続刊)

キャラクターの心理描写、構成力の巧みさといえば山岸凉子は外せない。山岸の集大成とも呼べる『テレプシコーラ』では、徹底的にキャラクターの性格が検証され、その性格がゆえに物語が動いていく。まるでゲームの駒のように動かされてるかのようなキャラクターたち。誰にも相談できず甘えられない子は誰にも悩みを打ち明けずに何処かへ消えてしまう。彼女の消失が周りに及ぼす影響、そして、成長をまるで他人事のように観察するしか読者には許されない。あの時、ああしておけば良かったのにという大きな後悔を持ったまま第二部へ続く。現在、メディアファクトリーの「ダ・ヴィンチ」にて連載中。

山岸凉子「舞姫 テレプシコーラ」10巻(メディアファクトリー)

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おにいちゃんはスーパーマンみたいにおもえました

大島弓子「裏庭の柵を越えて」

お隣のお兄ちゃんは変。けれど、小学生のとみこにとって彼は夏休みの宿題を手伝ってくれる「宿題お助けマン」だったのだ。「裏庭の柵」とは狂気や死といった生きている者が越えてはならない境界線である。とみこはその境界を越えて、そっち側のお兄ちゃんへ歩み寄る。人生に絶望し生きる意味を失った青年がとみこの「宿題お助けマン」となることで、生かされている。小学生と大学生の青年の間にある性愛とも情愛とも言えない愛のかたちの複雑怪奇。これが81年の作品なのだから恐るべし、大島弓子。『piece』に例えれば彼らもまた「間違ったバスにしか乗れない人間」である。そういったマイノリティさえも愛おしく抱きしめてしまえるのが「少女マンガ」の醍醐味なのだ。同作は白泉社から発売されている文庫版「夏のおわりのト短調」、絶版となっている朝日ソノラマ「大島弓子選集8 四月怪談」などに収められている。文庫版が比較的手に入りやすいだろう。

大島弓子「夏のおわりのト短調」全1巻(白泉社)収録


■ここでお知らせ!「マンガ漂流者(ドリフター)」が授業になった!
第3回「新しいマンガ ~異色デビュー方法と変なマンガ新人賞~」 10/26(月)20:00~@渋谷ブレインズ

■授業内容

詳細はこちら。

聞こう!学ぼう!「マンガ漂流者(ドリフター)」。第3回の講義、テーマは「新しいマンガ」。

マンガ家のデビューといえば、雑誌への投稿やアシスタント経験からやっと雑誌に掲載されデビューする。これが正統なマンガ家のデビューの仕方です。

しかし、マンガ家になる方法はそれだけじゃない!いろんな抜け道があるのです!

「となりの801ちゃん」や「猫村さん」のようにウェブやブログなどマンガ雑誌以外やメディアからデビューしたり、かつては、エロ本からデビューした岡崎京子、桜沢エリカ、「ファンロード」出身のおかざき真里、ながい健、80年代の同人誌ブームから注目された尾崎南、CLAMP、高河ゆんといったトップスター、いきなり単行本を1冊描き下ろしてデビューした西島大介、タイから逆輸入され、個人制作のアニメから火がついたウィスット・ポンニミットなど、マンガ賞を受賞しないでデビューしたマンガ家は意外と多い。

そんな変り種ちゃっかりデビューのマンガ家、90年代雨後のタケノコのように創刊しまくっていたマンガ雑誌の変なマンガ新人賞の紹介から、面白い新人を誰よりも早く発掘する喜び、そして、「これまでにない新しさ」とは何なのかを探ります。

異色デビューのマンガ家たちがマンガ界を面白くしてきた!彼らの軽やかな奮闘の歴史から処世術を学ぼう!

■おまけ

懇親会ではマンガにまつわる酒がふるまわれます!
気になる人は早めに予約を!読者のみなさんと授業で会えることを楽しみにしています。

■ご予約はこちらから!

webDICEでの連載では、作家をメインにしていますが、授業では「マンガ」とは何か?そのものを問い、全体を俯瞰し、さらに気になる部分を掘り下げ、現状の確認、そしてこれからについて考えていきます。連載では一部の引用しか見ることができませんが、授業には資料をいろいろ持参していきますので、原典を手にとってもらえることもメリットでしょうか。もちろん授業や連載の内容で分からなかったこと気になることがあった人も安心!毎回、懇親会(※ 料金含む)にて、それぞれの個人的な疑問、質問にお答えしています。もちろん差し入れも大歓迎!マンガ好き集まれ~!

(文:吉田アミ)



吉田アミPROFILE

音楽・文筆・前衛家。1990年頃より音楽活動を開始。2003年にセルフプロデュースのよるソロアルバム「虎鶫」をリリース。同年、アルスエレクトロニカデジタル・ミュージック部門「astrotwin+cosmos」で2003年度、グランプリにあたるゴールデンニカを受賞。文筆家としても活躍し、カルチャー誌や文芸誌を中心に小説、レビューや論考を発表している。著書に自身の体験をつづったノンフィクション作品「サマースプリング」(太田出版)がある。2009年4月にアーストワイルより、中村としまると共作したCDアルバム「蕎麦と薔薇」をリリース。6月に講談社BOXより小説「雪ちゃんの言うことは絶対。」が発売される予定。また、「このマンガを読め!」(フリースタイル)、「まんたんウェブ」(毎日新聞)、「ユリイカ」(青土社)、「野性時代」(角川書店)、「週刊ビジスタニュース」(ソフトバンク クリエイティブ)などにマンガ批評、コラムを発表するほか、ロクニシコージ「こぐまレンサ」(講談社BOX)の復刻に携わり、解説も担当している。6月に講談社BOXより小説「雪ちゃんの言うことは絶対。」が発売された。8月24日より、佐々木敦の主宰する私塾「ブレインズ」にて、マンガをテーマに講師を務める。
ブログ「日日ノ日キ」

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