2009年10月9日(金)よりTOHOシネマズ日劇ほかで公開される映画『私の中のあなた』。11歳の少女アナ、白血病の姉・ケイト、そしてケイトを救うために手段を選ばない母親・サラを中心にしたフィッツジェラルド家に起こる出来事を描く物語だ。姉のために手術を受けない、とアナが両親が訴える事件を発端に、急激な変化を遂げていく家族の関係の行方。今作をカサヴェテス監督は単なる家族愛のストーリーとしてだけでなく、フィッツジェラルド家と彼らを取り巻く人物像を丁寧にそして明るく描き、ストーリーの説得力を深めている。今作について、そして監督業における哲学について、ニック・カサヴェテス監督が語る。
キャメロンは人々の求める女優像を集めて演じることができる
── この映画には白血病と闘う姉のケイト、彼女に臓器を提供するドナーとして生まれてきた妹のアナ、そしてケイトの命を救うためにいかなる手段も取る覚悟を持つ母親のサラをはじめ、アレック・ボールドウィン扮する敏腕弁護士といった脇役にいたるまで、実に個性的な役柄が揃えられています。なかでもキャメロン・ディアスの演じた母親・サラの〈わが子のためならなんでもする〉というキャラクターが特に気になりました。自分以上にわが子を思う母親というのは監督にとってどういった存在なのでしょうか?また監督自身にとってこの母親のキャラクターに対するまなざしというのはどういうものなのでしょうか?理解なのか、それとも他の感情でしょうか?
サラは非常に共感しづらいキャラクターだと思うんです。人の言うことを何も聞かないし、何も見ようとしない。それでも彼女のことがすごく理解できるし、同意してしまう。それは彼女の立場というのはすごくタフな立場だと思うからです。彼女は子供を守るのは自分の責任だと思っていて、子供のためにもう一人の子供を作るというような非常につらい決断をしてしまう。子供に何かがあったら何でもしてしまうという意味では本当によく理解できるし、自分でも彼女みたいなことをしてしまうだろうと思うんです。キャメロンの演技も素晴らしいし、そしてこのキャラクターも自分で大好きなんです。もちろんジェイソン・パトリックの演じた夫・ブライアンや、娘のアナの方が共感しやすいと思うんですが、私は母親を完全に理解して非常に共感してしまいます。
── 監督がサラのキャラクターに対してそこまで思うのは、何か個人的な体験も含めて理由があるのでしょうか?今までも監督の作品の中では『ジョンQ─最後の決断─』をはじめとして、他人の存在が自分のすべてであるというキャラクターの描写が多いかと思うのですが、それは監督自身のこれまでの人生においてなにかきっかけがあるのでしょうか?
それは私にも病気の子供がいるからだと思います。「子供を守れないんだったらなんで子供を作るのか」と本当に強く思うんですね。子供はすごく小さくてもろい存在だから守らなきゃいけない、そして愛さずにはいられない。だから、あのキャメロンのキャラクターが好きなんですね。彼女のキャラクターの中には醜さもあります、だけれどももし自分が病気だったらああいう母親がいて欲しいと思いますから。
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── サラ役にキャメロン・ディアスを起用すると決めたのは?また撮影を通して、監督ご自身の中で彼女に対して新たな発見はありましたか?
キャメロンに決めるまでには複雑なプロセスがありました。もちろん他の女優のことも考えました。良い女優というのはたくさいるし、だけどこの人もあの人もと考えていく内に、いつも退屈してしまうわけなんです。キャメロンというのは、タフなアメリカンガールで、モデル出身ですから綺麗だし、それからファニーな人だし、大スターですし、そういうふうにいろんな一般的なイメージがわくと思います。でも、それは彼女の本質ではないんです。彼女の本質は、ロングビーチ出身の地に足の付いたひとりの女性なんです。私がこの母親役に欲しかったのは、闘って闘って闘い抜くというキャラクターだったので、キャメロンだったらそれができると思った。その一方で、一度も母親役を演じたことがない彼女が、しかも十代の子の母親役を演じることになったら、観客が「えっなんで!」と思うかもしれない、ということは少し考えました。しかし、これまでキャメロンが出演してきた映画と異なる映画だということが、いい方向に作用したと思います。キャメロンは、本当にみんなが求む女優像というものを集約させたキャラクターを演じることができると思うんです。美しいし、よく働くし、クルーの人と仲良くなるし、おかしな役も出来るし、シリアスな役もできる。そして彼女自身も環境問題をはじめ、様々な社会問題にも関心があるし、家族の事も大事にしているし本当に素晴らしい女性だと思います。ですから彼女みたいな人と仕事ができて非常にラッキーでした。私は彼女に対してサラを演じるにあたって「闘ってそして醜くなれ」と言ったんです。けれど彼女は本当に恐れを知らない人で、まったく怯まずに、本当にその通りサラを演じてくれた。メイクもしない場面がほとんどだったのですが、いい演技をしてくれたので非常に誇りに感じています。
映画は監督自身の反映であり、何を考えていたかということの反映
── 監督の前作の『アルファ・ドッグ 破滅へのカウントダウン』と今作では、人と人の絆をきめ細かく描いていたり、フラッシュバックが使われていたりといった共通点がありながら、『私の中のあなた』では、より明るくて優しいタッチになっていると感じました。今回の作品を作るにあたり、これまで異なる演出方法やディレクションをしようと意識されましたか?
そうですね。映画というのはそれぞれにストーリーが違うわけで、そのストーリーを語るのにどれがベストな方法かというのは手探りで探していくことだと思うんです。そのフィルムごとに一つ一つが全然違う経験なんです。フラッシュバックを使うのが嫌いな人はたくさんいるだろうし、ストーリーテリングの上で必ずしも一番効果的であるとは思わないのですが、この映画でいえばすごくリリカルな雰囲気を出すために必要でした。それから『アルファ・ドッグ』の場合では、ドラッグの問題やたくさんの綺麗な女の子たちといった描写を通して、叩きつけるような無軌道な青春の愚かさや過ちというものを表現したかった。でも今回の『私の中のあなた』では、小さな決意、小さな決断というものを一つ一つ積み上げて、デリケートな人間関係を築きあげていくという全く違うタイプのアプローチをとっている。この物語には痛みが込められていて、でもその痛みは同時に美しさを備えているわけです。人が死んだ時に、振り返るとそこにあるのは美しさだと思います。そういう理由から、この映画ではより静かなアプローチを取っているのです。
── そのアプローチの変化というのは、作品の質や物語ももちろんですが、監督ご自身の心境の変化というのも関係あるのでしょうか?
全くそうだと思います。監督というのは、作品ごとに変わるんです。映画を作るということは、一年半や二年ぐらいの期間をかけて取り組みますが、その映画を作っている時は前に作っていた時とはまったく違う人間になっていると言っていいと思います。映画というのは監督自身の反映であると同時に、その時に監督が何を考えていたかということの反映であると思っています。
── 監督が世界をいまこういう風に感じているのが『私の中のあなた』に反映されているということですね。
そうです。それと同時に、前作の反動であったり、様々なリアクションから作品を作っていくという面も、映画監督にはあると思います。『私の中のあなた』は本当に優しくて心に染み入るようなデリケートさがあるので、いま自分の中ではもうそうした要素を使い切ってしまった気がするんです。もう少ししたらまた出てくるかもしれないけれど、いまはもうそれは無くなってしまった。ですから次の作品は、より知的な面を強調したり、謎がいっぱいであったり、色んなレベルで働きかける、今回とは全く全然違う作品にしたいと思っています。(C) MMIX New Line Productions, Inc. All Rights Reserved.
いまだに父はまだ自分の中にいると感じる
── 作品の後半でアナが語っているように、ケイトの病気というのはフィッツジェラルド一家の絆を確かに深めたと思うのですが、実際には父であるブライアンも弟のジェシーも、家族全員がそれぞれの夢と人生に向って進んでいくところで終わっているところが、今作のいちばんのメッセージだと感じるんです。このエンディングについては、監督はどのような意図があったのでしょうか?
私はあのエンディングのために闘ったので、そう言っていただけて非常にうれしいです。こうした結末というのは、ハリウッド映画にはなかなかないアイディアですが、この作品には本質的なものが大切だと思い、こうした結末にしたんです。その本質というのは、人が死んでも、結局は何も起こらないということ。人間というのは、大切な人を亡くしても、次の日朝起きて洋服を着て仕事をして、という日常が続いていくということなんです。それよりも、亡くなった人の本質が自分に影響を与えている、ということの方が大切なんだと思います。例えば、私の父は20年ほど前に亡くなりましたが、今朝起きた時に「あぁ父はまだ自分の中にいるな」と感じたんです。なので、ハリウッド映画にありがちなエンディングというのはいらないと思ったんです。ケイトの思いをみんながそれぞれに心の中に抱えて生き続けている、大事なのは彼女が死んじゃったということではなくて、それまで彼女は十分に生きたということだと思うので、それを理解していただけて、とてもうれしいです。
(取材・文:駒井憲嗣 撮影:takemi yabuki)
■ニック・カサヴェテス PROFILE
1959年5月21日ニューヨーク州ニューヨーク生まれ。ショーン・ペンとジョン・トラヴォルタが主演で、1997年カンヌ映画祭で唯一2つの賞を受賞した『シーズ・ソー・ラヴリー』で注目される。ニコラス・スパークスのベストセラー小説を映画化し、ライアン・ゴスリング、レイチェル・マクアダムス、ジェームズ・ガーナー、ジーナ・ローランズが出演した『きみに読む物語』(05年)や、デンゼル・ワシントン主演の『ジョンQ─最後の決断─』(02年)など数々の良作を世に送り出している。監督以前は、俳優としてもキャリアを持つ。映画監督の父、ジョン・カサヴェテスの作品に子役の頃から出演し、1996年に母ジーナ・ローランズを主演に据えた『ミルドレッド』で監督デビューして以来、監督業で評価を得ている。最近、監督・脚本を手がけた作品として、実話に基づく骨太ドラマで、ブルース・ウィリス、ジャスティン・ティンバーレイク、エミール・ハーシュが出演した『アルファ・ドッグ 破滅へのカウントダウン』がある。
映画『私の中のあなた』
2009年10月9日(金)TOHOシネマズ日劇ほか、全国ロードショー
監督:ニック・カサヴェテス
脚本:ジェレミー・ペレン
原作:ジョディ・ピコー
出演:キャメロン・ディアス、アビゲイル・ブレスリン、ソフィア・ヴァジリーヴァ、アレック・ボールドウィンほか
提供・配給:ギャガ・コミュニケーションズ
2009年/アメリカ/110分
公式サイト