骰子の眼

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2009-08-30 15:30


『マンガ漂流者(ドリフター)』第18回:マンガ家らしくないマンガ家・タナカカツキの仕事vol.3

岡崎京子、桜沢エリカ、みうらじゅんや朝倉世界一が活躍した伝説の雑誌「ギガ」って!?90年代の青年誌のムードと流行
『マンガ漂流者(ドリフター)』第18回:マンガ家らしくないマンガ家・タナカカツキの仕事vol.3
タナカカツキ『逆光の頃』。単行本未収録カラー。

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http://www.webdice.jp/dice/detail/1835/

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90年に主婦と生活社より新人発掘と100%男の魅力サクレツコミック」と称し創刊された青年誌「ギガ」。川崎のぼるや立原あゆみといったベテランに加え、岡崎京子、桜沢エリカ、伊藤理佐を筆頭にした女性マンガ家、みうらじゅんやとがしやすたか、朝倉世界一といったギャグマンガ家など活躍。劇画、ヤングレディース、ガロ、ニューウェーブが入り乱れ、90年代にありがちな青年誌の特徴を網羅していたが、創刊号は映画『ダイハード2』、2号ではバンド「たま」が表紙を飾るなど、どういった読者層をターゲットにしているのかいまいち謎な雑誌であった。

また、「コミック宝クジ」という総額100万円が当たることを売りにしたあまりに現金な企画があったのだが、これは雑誌に刻印されたラッキーナンバーを官製はがきに貼って応募するというめんどくさいもので、総額100万円の内訳は一等4000円×100本、2等3000円×120本、3等2000円×120本、残念賞「本誌特製テレカ」と何だかかえってみみっちいのが気になるが、新雑誌創刊における気合だけは感じることができた。特に新人発掘には特に力を注いでおり、 「GIGAルーキ・リーグ」という新人賞を創刊号より開催。「いかすバンド天国」のマンガ版ともいえるトーナメント制を採用した他誌とは一線を画す新人賞だった。タナカカツキの『りん子』の連載がスタートしたのは、編集方針も定まらぬ同誌創刊2号からであった。

93年、JICC出版『りん子』より。黄昏時の不安。前作『逆光の頃』よりも年少となった主人公・りん子とらん太郎兄妹が経験する日常を描き、より「子供の視点」を強調されている。カツキの映像作品のモチーフとの類似点も。


【はみだしコラム】
「ギガ」ってどんなマンガ雑誌?


主な執筆陣と作品名は景山民夫原作、高寺彰彦作画による『トラブル・バスター』、畑中純『河童草紙』、堀田あきお『駒沢ズーク』、岡崎京子『ハッピィハウス』、桜沢エリカ『世界の終わりには君と一緒に』、川崎のぼる作画、小堀洋原作の『GiDY'S』、土田世紀『鯱』、 伊藤理佐『エビちゅの楽園』(当初は『アクマの楽園』)、臼井儀人『ともぐい動物公園』、とがしやすたか『新・私立探偵 村田三郎』などの他、みうらじゅん『みなチンコ ハッチ』、かりあげボカンズ『みんちん様』、朝倉世界一の『チンコで読め』といった「ちんこ」 にこだわりすぎる連載が多かった。

みうらじゅん「みなちんこハッチ」より。「いか天」にも出場したみうらはちゃっかり自作のCDの宣伝も。

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高まる胸のどきどき抑えられない。期待の「GIGAルーキ・リーグ」開始。「ギガ」創刊号より。

特徴の一つであった新人賞「GIGAルーキ・リーグ」の審査員は篠原勝之、秋元康、高橋源一郎、吉田照美、渡辺えり子の他、読者にも投票権があり投票すると現金3000円がもらえた。とにかく現ナマ!大事。審査員の面子からも分かるとおり、マンガとしての「評価」よりも個人的な好みにより毎回、票が大きく分かれていた。そのため満場一致で作品が選ばれることは稀である。

しかし、どんなに不作であってもトーナメント制という審査方式のため、誰か一人を必ず選ばなくてはならない。後期の「いか天」が陥ったようにジャンルの違う作家同士が戦った際にどちらが優秀であるかは天秤にかけることは難しく、選ばれた作品がどう評価されたのか、納得がいきかねる講評が多かった。さらに問題だったのは「ギガ」の刊行ペースが月2回であったことだ。そのためグランプリが発表されるまで約1年も費やさねばならなかった。無名の作家の作品に対し、読者の興味がそこまで継続できるはずはない。

望月かつひろう『腰』より。秋元康「これ、最高だね。タイトルも絵もとても魅力的だ」、吉田照美「読む者に胸騒ぎをおこさせるタイトルだね!」と講評。もうちょっと言うことがあるだろう!?

読者にも投票権があるということで、デビュー前の作品をレギュラー連載と同じように全ページ載せてしまうのが「ギガ」の売りでもあった。普通、マンガ家のデビューとは商業誌に掲載されたときを指すことが多いのだが、「ギガ」に関してはあいまいになる。 同じくデビュー前の作品を掲載していた例では集英社の少女マンガ誌「ぶ~け」がある。しかし、「ぶ~け」はあくまで縮小版の掲載プラス綿密な講評がメインであり、デビュー前の未熟な作品とその将来性を買って「育成」してから、デビューさせるという真っ当な筋書きだったのに対し、「ギガ」では深く考えることもなくいきなりデビューさせていた。

しかも「この作家陣はGIGAでしか読めません!」と書かれているのだが、すでに青林堂「ガロ」でデビューしていたマンガ家が参戦していた。第一回には82年に「ガロ」でデビューし、すでに単行本も出していたベテランと言っても過言ではない松本充代が、第二回には同じく「ガロ」でデビューした後に講談社「アフタヌーン」の新人賞にあたる四季賞を受賞した望月かつひろう(現、逆柱いみり)、山野一らが投稿しており、ある種のムードを放っていた。

松本充代『BIG GUN』より。「ガロ」でのデビューに関しては完全スルーで新人扱い。「ガロ」なんかデビューのうちに入らない!?

その後、ストーリー部門とは別にギャグ、原作部門も設立。ギャグ部門では、内田かずひろ「駄菓子屋ケンチャン」を発表。これは同誌に連載していた高井研一作画、中原まこと原作による『ソーギ屋ケンちゃん』をもじったものだろう。他にはおおひなたごうもいた。裏でどのようなやりとりがあったのか分からないが、「いか天」と同じようにこのトーナメントも「やらせ」だったのだろうか。「ガロ」という雑誌をインディーズレーベルと捉えていたような節がある。ちなみにトーナメントにエントリーした松本充代や山野一、逆柱いみりらは早々に脱落している。その結果、「ガロ」的なマンガに対し低い評価が下されたとも取ることができるだろう。

そんな風にどこか歪だったこの賞は91年16号を持ってグランプリが発表されると終了した。最終選を戦いグランプリを獲得したのはアメコミ風のアクション作品、土屋徹則の『HYDRA-SHOCK』だった。惜しくも敗れた本山理咲の『たけるのばか』はおーなり由子の作風を連想させる子どもが主人公のお話。『りん子』が連載されていたことも関係するのかしないのか、こういった「子どもの視点」を感じさせる作品を審査員が評価しがちであった。「いか天」ではたまがグランプリになれたが、「ギガ」はそうならなかったのは皮肉なことか。

グランプリ輩出とともに、1年もかけて新人を発掘した「ルーキー・リーグ」が終了すると雑誌に掲げた「新人発掘と100%男の魅力サクレツコミック」の文字は消え、代わって「読むとヤル気満々 やるまんコミックギガ」と新たな看板が掲げられた。後続の新人賞は「いきなりGIGAで連載を始めませんか?」と語りかけ、「第1話の完成原稿と第2話以降のあらすじを添えて送ってください」と募るという無謀なもので、コミックに大切な「育成」をすっ飛ばした勝手なものだった。賞金は500万円という破格なものだが、1年3ヶ月で休刊してしまった同誌からそんな大型新人はついぞデビューしなかったのだった。トホホのホ。


さまざまに入り乱れ、最後まで定まらなかった編集方針であったがこのごちゃまぜ感といい加減さがいかにも90年代の青年誌を代表する雑誌の一つだといえなくもない。そう考えると「ギガ」、どこか憎めないマンガ雑誌なのだ。


『りん子』は表題作のほか、小学館「ヤングサンデー」や潮出版「月刊コミックトム」に掲載された作品を含み、93年にJICC出版より単行本化された。このあとがきでタナカカツキは「一冊の単行本がゆっくりと時間をかけて書店から引き上げていき、再版されることなく最後の一冊が市場から消えました。その丁度消えたところにこの二冊目の単行本ができあがりました」と刹那的に綴っているとおり、『逆光の頃』の再版はないのだということを暗に示している。しかし、09年にこうして太田出版から新装版として『逆光の頃』は蘇っている。その影にはバブル期に青年誌でデビューしたものの単行本化もされることなく、一度も振り返られることもなく消えていった作家たちがいたことを忘れてはならないだろう。

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ちょっとギャグっぽくも読める……。タナカカツキ『少年、最后のナツヤスミ』(小学館「ヤングサンデー」1990年8月号/「りん子」収録より)

90年代に「ガロ」がメジャー化していった背景には、こういった「ガロ」作家の商業誌へ流入や「ガロ」系の作品を評価する流行があったのだ。それらの作品の多くは単なる「雰囲気マンガ」でしかなく、明らかな過大評価であったと思う。しかし、「ガロ」以外の雑誌に登場し、違う視点を与えられるとそれは「個性的」であるという評価がなさるようになる。評価をする側が「ガロ」を知らなかった場合、あたかもそれらの作品を「新しいもの」として受け入れられていた。これまで「ガロ」の内だけで、完結していたときに起きなかった一ジャンルの崩壊がはじまったのである。

もちろん、そうした過大評価のもとで「新人」を発掘するまでは良い。しかし、青年誌は次々と現れる「新人」を使い捨てていた。華々しくデビューしたものの燻り、商業誌から姿を消したマンガ家の多いこと。そういった商業誌の姿勢にこそ問題があったのではないか。増刊、別冊、特別号ととにかくマンガ雑誌を発売すれば売れていた頃なら問題はなかったが、いつまでも続くと思うなバブル景気。そういった乱発は読者離れを生み出すことになる。1度創刊され、継続されるかと思えた雑誌という「場」はいとも簡単に休刊に追い込まれていった。

90年代にメジャー誌に溢れ返った「ガロ系」作家の存在が、「ガロ」の個性を奪っていった。「ガロ」でしか読めないといわれた作品は商業誌へ流入し、大量に消費されることで亜流や劣化版を多く生み出し、「ガロ」系という蔑称を生んだのだ。「ガロ」的な価値観を消費していった「90年代の青年マンガ誌」という存在そのものが90年代という時代におけるマンガ、そして、文化の消費のかたちであったのだ。

「継続は力なり」……タナカカツキのように活動を続けていけば、こうしてもう一度、復刻される日もあったかもしれない。その時代に評価されることがなくとも、真の理解ができなくとも、作品が残ればこうして再評価することができたかもしれない。たった一作だけの輝きを散らせて消えたマンガ家たち。彼らの存在があったからこそ、90年代の青年誌は一種独特な熱を帯びていたのだろう。

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どこまでも追いかけてくる夕焼け。子どもの頃の記憶がフラッシュバック!タナカカツキ『りん子』より。

というわけで、『りん子』が掲載された青年マンガ誌「ギガ」を例にあげ、90年代の青年誌のムードと流行を語ってみた。次回は潮出版『月刊トム』、叙情派3部作完結編(?)「エントツにのぼる子」について言及していきたい。



■ここでお知らせ!「マンガ漂流者(ドリフター)」が授業になった!
第二回9/28(月)予約開始

佐々木敦さんの私塾ブレインズでの講義「マンガ漂流者(ドリフター)」第二回の予約がスタートしました。

http://brainz-jp.com/vol4_lecturer/yoshida/
http://head-phone.in/?mode=cate&cbid=482243&csid=0&sort=n

WebDICEでの連載では、作家をメインにしていますが、授業では全体が見渡すことができ、さらに掘り下げた内容になっています。

さて、気になる第二回は……

・マンガ「絵」の進化論

手塚治虫、大友克洋、江口寿史……そして、現在。
時代や雑誌によって変わっていく絵のトレンドを追って紹介します。
劇画からニューウェーブ、そして、萌えの発見。デジタル導入によりどう絵が変わったのかを検証します。

・俺のまんが道~マンガ家になるには?~

新人マンガ家がマンガ家とデビューするにはどんな方法があるの?
雑誌への投稿、出版社に営業、マンガ雑誌以外でのデビュー、ウェブ、同人誌……。
新人マンガ家がどうやってベテランマンガ家になるのか方法を探ります。各出版社が開催する新人賞の歴史&紹介、マンガテクニック本についても触れます。

・少女マンガがつまらない!(仮)

そもそも「少女マンガ」って、一体、どういうマンガを指すの?大胆不敵に少女マンガを定義!定義!定義!
女性のためのマンガはどう変化してきたのか?少女マンガの歴史を辿りながら現在までの変化と進化を見つめていく。少女マンガとは女性の思想書である。少女マンガ=セカイ系?

の3つのどれかをやります。
スペシャルゲスト交渉中!近々、お知らせできると思います。気になる人は早めに予約を!

【関連リンク】
タナカカツキ webDICEインタビュー(2008.12.5)


吉田アミPROFILE

音楽・文筆・前衛家。1990年頃より音楽活動を開始。2003年にセルフプロデュースのよるソロアルバム「虎鶫」をリリース。同年、アルスエレクトロニカデジタル・ミュージック部門「astrotwin+cosmos」で2003年度、グランプリにあたるゴールデンニカを受賞。文筆家としても活躍し、カルチャー誌や文芸誌を中心に小説、レビューや論考を発表している。著書に自身の体験をつづったノンフィクション作品「サマースプリング」(太田出版)がある。2009年4月にアーストワイルより、中村としまると共作したCDアルバム「蕎麦と薔薇」をリリース。6月に講談社BOXより小説「雪ちゃんの言うことは絶対。」が発売される予定。また、「このマンガを読め!」(フリースタイル)、「まんたんウェブ」(毎日新聞)、「ユリイカ」(青土社)、「野性時代」(角川書店)、「週刊ビジスタニュース」(ソフトバンク クリエイティブ)などにマンガ批評、コラムを発表するほか、ロクニシコージ「こぐまレンサ」(講談社BOX)の復刻に携わり、解説も担当している。6月に講談社BOXより小説「雪ちゃんの言うことは絶対。」が発売された。8月24日より、佐々木敦の主宰する私塾「ブレインズ」にて、マンガをテーマに講師を務める。
ブログ「日日ノ日キ」

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