骰子の眼

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東京都 渋谷区

2009-06-03 20:34


『風の馬』チベット連載第12回:モーリー・ロバートソンの『チベット・リアルタイム vol.7最終回』【動画付き】

2007年2月、チベットを訪れ映像や音声でレポートする企画「チベトロニカ」をおこなったモーリー・ロバートソン氏の連載コラムがついに最終回!
『風の馬』チベット連載第12回:モーリー・ロバートソンの『チベット・リアルタイム vol.7最終回』【動画付き】

約2週間に渡る「チベトロニカ」チベット編の旅も終わりに近づき、ラサに戻った一行はここで旧暦の新年を迎えた。いつ捕まるかもわからない緊張感と、窓の外で間断なく打ち上げられる花火の破裂音で興奮の高まりを感じながら、チベットと世界とを繋ぎリスナー参加の「年越し生放送」を実現させた。リスナーから届いた当時のメッセージや「2ちゃんねる」の書き込みを交えた動画は必見だ。

<これまでの道のり>
成田から3度飛行機を乗り継いで青海省の西寧に到着した「チベトロニカ」チームの一行は、チベット文化圏「同仁」を訪問し、チベット人巡礼者が集まる寺院や庶民が集う露天市場で、その空気を吸収する(『チベット・リアルタイムvo.1』)。その後、漢族向けに運営される「チベット・レストラン」で異様な光景を目にし、翌日、山奥にあるダライ・ラマ14世の生家に足を踏み入れる(『チベット・リアルタイムvo.2』)。一行はラサを目指して青蔵鉄道に乗り込み、運行中の車内で携帯電話をマイクロフォンがわりにし、日本への生放送を試みる(『チベット・リアルタイムvo.3』)。そして、いよいよラサに到着。チベットの旧正月(ロサール)で賑わうバルコルや、かつてダライ・ラマ14世が住んでいたポタラ宮を訪れる(『チベット・リアルタイムvo.4』)。旅は後半に差し掛かり、作られた観光産業やプロパガンダの情報に惑わされることなく五感でチベットの現在を感じようと、ラサ郊外に足を向ける(『チベット・リアルタイムvo.5』』)。一行は舗装されていない悪路を抜けて、チベット第二の都市シガツェと、国境近くのギャンツェに向かう。この日はチベット歴の大晦日、シガツェの寺では仮面舞踊(チャム)の大がかりな儀式が執り行われていた(モーリー・ロバートソンの『チベット・リアルタイム vol.6』)。

大画面でご覧ください↓



まず今回の動画の冒頭に登場する少年について解説したい。ロサールの日、ジョカン寺を巡礼者や観光客が右回りにコルラする中、道ばたに座って親子3世代で物乞いをする家族がいた。そこにいた男の子は、お手製の弦楽器を巧みに弾きながら、チベット語や片言の中国語で歌ってくれた。

歌い終わる頃合いで、長い棒を持った漢族の警官がパトロールに回ってきた。母親からの怒鳴りつけるような指示で、少年は1元や1角の投げ銭が入った帽子を体で隠す。警察官ににらまれないよう、カメラの撮影もそこで終わっている。

ラサから新年の瞬間を実況

季節柄、閑散としたラサのホテルからロサールの前夜、つまり旧暦の大晦日に「年越し生放送」を行った。チベットから生放送を国外に向けて行うことには当然政治的なリスクが伴う。だがそれ以前に技術的な壁もたちはだかっている。中国の国内ではネット上にさまざまな検閲ソフトや検閲人員が常駐し、少しでも変わったそぶりを見せるユーザーを特定する巨大な網が張られているからだ。この網をくぐり抜けるために、東京・目黒のスタジオからエンジニアが「トンネリング」という技術を使った。

チベット02
上海のホテルからスカイプを使って放送するモーリー・ロバートソン氏。

「トンネリング」の詳細はWikipediaなどでも解説されているが、正直言って筆者も理解できない。おそらく2007年2月の時点で西蔵自治区のネット回線を監視していた人員も認識できなかったのだと思う。

・トンネリングを解説したWikipediaエントリー
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0

このハッキングのおかげで外に情報を送り出すことは実現したが、海外からの情報を中国側から見ることは困難だった。「Wikipedia」は制限され、BBCはそもそもロードせず、YouTubeはトップページにつなぐことはできてもものすごく遅くて使い物にならなかった。
参考までに、中国の中で行われている検閲を擬似的に体感できるツールがある。他愛のない情報であっても制限されることがある一方で、チベットに関する情報がざるのように見えてしまうこともある。

・ファイヤーフォックスのアドオンとして使える「CHINA CHANNEL」
http://www.chinachannel.hk/

こうして『金の盾』の内側で試行錯誤するうち、巨大掲示板「2ちゃんねる」が検閲対象から外れていることに気がつく。リスナーからの助言もあり、「2ちゃんねる」の 「i-morley」 関連スレッドは放送中のチャットの手段へと変身した。生放送中、「2ちゃんねる」につきものの悪意ある書き込みは見られなくなり、「つかまらずにがんばってくれ」「高山病が治りますように」といった思いやりと応援の言葉でこのスレッドは溢れかえってしまった。中国からは見られない情報を「Wikipedia」や海外のニュース記事からコピペしてもらい、それをラサで読み上げて議論するという「ループ」も形成された。サクラのように中国に関する好意的な文化紹介をはさむという演出を行い、天井や壁に仕込まれていたかもしれない盗聴マイクに対する「おとり情報」を泳がせた。そのへんは日本のマスコミが用いる常套手段が参考になった。

だがそれでも「公安に今この瞬間にも踏み込まれるかもしれない」という緊張感は残っており、「チベットからDJとして何を語るのか?」などといった美学上の課題は、意識から吹き飛んでいた。とにかくリアルタイム・現在進行形で、自分たちがいるチベットの状態を切り取って報告し続ける以外になかった。断片であっても現実のチベットを語る方が、行かずに研究するよりパンチが強い。

日本、アメリカ、フランスなどから時差を越えて参加したリスナーたちと会議コールでつながり、即興的に、ひたすら対話を続けた。放送中に急にこちらの音声がとぎれたら自分たちが捕まったことがわかる、ということもささやかな保険になっていた。

だがラサ側の緊張感をよそに、そもそもこの放送で何が行われているのかを把握できない初心者リスナーも紛れ込んでいて、理解度はまばらだった。まだ海外旅行をしたことがない高校生に、言葉を選んでチベット問題を解説してみたりもした。こちら側でなかなか発言できない内容はスレッドの中に有志が随時書き込んでくれた。世界中のあちこちにいる人同士が連携プレーでスムーズな対話を進めていく、このプロセスこそがチベットを密閉する包み紙に穴を空けていく行為だった。連日の生放送を共有したリスナーは延べ数百人。にわかに発生したこの匿名コミュニティーの中で急速に連帯感が深まっていった。

NHK「紅白歌合戦」の何倍も壮大なスケールの年越し番組が「CCTV=中国中央電視台」から流れる。窓の外で花火が間断なく打ち上げられ、破裂音と火薬の匂いに興奮が高まっていく。リスナーの誰かがCCTVの放送を日本でも視られる方法をスレッドに紹介する。スレッドへの書き込み、「チベトロニカ」サイトのフォームから送られてくるメッセージ、そしてスカイプの会議コールが時間の中で折り重なっていく。

スカイプの音声は不安定だ。つながった端末の状態や、その時の回線の相性で良くも悪くもなる。ときどき奇妙なエコーが起こり、声が東京とラサを往復してしまう。目黒の中継スタジオでは、これらの音量や音質のバランスをすべて手動で調整していた。

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インターネットラジオを聴取・配信できる「ねとらじ」のネットサービスを利用し、生放送が実現。スカイプの会議コールを使ってリスナーが生出演もした。

テレビに映った時計の秒針はカウントダウンを進め、午前0時の位置にある「春」という漢字に達した。めでたく、陽気で「赤い」瞬間だった。中国大陸のおおらかさを感じた。廊下の向こうでは、ちょっとあやしげなマッサージ店がこの瞬間も来客を待っていた。

年が明けて翌日の昼間、ポタラ宮の斜め向かいに作られた商店街を歩き、マッサージ店に入った。ベッドのシーツは湿っていてあやしげだった。壁には「売春禁止」の張り紙があった。

チベット01
チベット歴の元旦、大人も子供もジョカン寺に向かって五体投地を行う。

1年後、ロサールに暴動が起こり、再びラサは厳戒態勢に戻った。そのラサ暴動からさらに1年、天安門事件の20周年が目前となった今、中国政府は検閲に余念がない。先々月モルドバで起こった学生達の抵抗運動からも学び、TwitterとFlickr、それにいくつかの大学生向け掲示板を遮断している。

・5月下旬から実施されている掲示板のアクセス制限を報告するGlobal Advocacyの記事
China: June 4th related system maintenance
http://advocacy.globalvoicesonline.org/2009/05/27/china-june-4th-related-system-maintenance/

・天安門の記念日を前に中国で行われている情報統制を報じるBBC記事
Chinese curbs before anniversary
http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/8078538.stm

さらに現在、ウイグル自治区でもやはり強引な同化政策が進められ、この文章を書く裏でカシュガル市の旧市街が取り壊されている。「地震が起きたときに危険だから」という希薄な根拠のもと、1000年続いた歴史遺産の破壊が始まった。

・中国政府、ウイグル旧市街地の撤去強行(朝鮮日報)
http://www.chosunonline.com/news/20090528000041

中国の共産党政権は革命当初から、ともするとパラノイアに陥り、絶えず内部に裏切り者の影を見いだしては残酷な粛正を続けてきた。資本主義を導入した今日の中国では、政治的な弾圧に便乗して再開発の利権をむさぼる役人たちもいる。その中国の抑圧的な体制から生み出される安価な労働力が先進国に住む私たちの暮らしを下から支えている。私たちも、中国の当事者なのだ。中国政府に「チベットやウイグルをはじめとする少数者とは共存が可能だ」と伝える役割は、言論の自由を手にした私たちこそが担うものではないだろうか?

中国内にいる人とのコミュニケーションを可能にするツールは日々、進化している。情報は外に漏れ、また外からの情報も中に入っていく。これは先のモルドバの一件が実証している通りだ。情報のチャンネルを開き続けることに、チベット・ウイグル文化が存続するための糸口がある。そして中国政府も、ものすごい勢いで学習を続けている。

最後に、謝辞を述べたい。この動画を制作するにあたって当時の「2ちゃんねる」のログ、そしてストリーミング放送をキャプチャーしてくださった有志に先週 「i-morley」 のサイト上で呼びかけてデータを募集したところ、複数の方からデータを提供していただいた。チベットの現場で撮影していたビデオカメラだけではとらえきれなかった、音声と文字情報を復元する上で貴重なご協力をいただき、感謝の言葉を尽くせない。さらにこの場を借りて「チベトロニカ」の生放送に参加してくださったみなさんに感謝を申し上げる。

備考として「チベトロニカ」サイトでは、チベット・ウイグルで収録した音声素材をCC(著作フリー)公開している。音声を使う仕事をされている皆さまに是非ご利用いただきたい所存である。

(写真・動画・文:モーリー・ロバートソン)

【関連リンク】
モーリー・ロバートソンの『チベット・リアルタイム vol.1』
モーリー・ロバートソンの『チベット・リアルタイム vol.2』
モーリー・ロバートソンの『チベット・リアルタイム vol.3』
モーリー・ロバートソンの『チベット・リアルタイム vol.4』
モーリー・ロバートソンの『チベット・リアルタイム vol.5』
モーリー・ロバートソンの『チベット・リアルタイム vol.6』
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