男性ホルモン抑制剤から始まり、去勢から性別適合手術へ。女という一つの通過点としてのゴールを目指して肉体の変貌を遂げたアーティスト、ピュ~ぴる さん。彼女の肉体表現の集大成ともいえる貴重なパフォーマンスが3月22日(土)横浜美術館にて行われる。その準備に余念がないピュ~ぴるさんに話を伺った。
『GOTH-ゴス-』展のテーマになっている「ゴス/ゴシック」は、音楽やファッション、映画などさまざまなカルチャー・シーンの要素となっていますが、ピュ~ぴるさんが思うゴスとはなんでしょうか。
私は特にゴスのカルチャーにあまり興味をもった事はないです。ただ、中世ヨーロッパのドレスや装束は昔から好きでした。あと、安易なハッピー感の薄い明るい世界とかはあんまし…好きだけど、そのままはイヤで、その裏にあるドロドロした世界や死があった上での光、そういう方が好きね。私が持つダークな側面っていうのは小さい頃から自分の中にずっとありました。でも、そこで自分は終わりたくなくて、その先の希望とか光を常に見出そうと思ってました。そういう事が私の芸術世界の根幹に張り巡らされています。
今回、肉体の変貌をポートレートと立体作品のウェディングドレスで表現されていますが。
自分の肉体の変貌を記憶だけにしたくなくて、ちゃんと肉体の記録を残したかった。それが写真を使う方法でした。で、心の性と肉体の性が乖離していた自分が、SRS(性別適合手術)によって一致したことの象徴がウェディングドレス。それは誰かとの結婚のアイコンじゃなくて、自分自身の中での自分との結婚という意味です。ドレスの中のボディは幼い頃より着ていた男の服を固めて造形し作って、それを純白そのもので包囲しました。
ポートレートはいつ頃から撮りはじめたんですか。
2003年から男性ホルモン抑制剤を飲んだり整形したり、肉体をリアルライフの中で変形させ始めました。実際写真を撮り始めたのは2005年11月から。幼い頃の暗闇に蠢く記憶を辿り思い出し、傷を掘り下げ撮影し始めました。12歳のときに凄くいじめにあっていて、そこに全ての根源があって。病院で強迫神経症と診断されて、それがPTSD(心的外傷後ストレス障害)になって、日常でツライことがあるといじめの記憶や強迫行動がガーッと現れてきちゃって。
振り返れば、写真を撮り始めた頃に12歳の少年が時空を超え自分の表に立ち現れ首をわし掴みにしたの。だから最初の写真に「傷を負った12歳の少年」というタイトルをつけて、少年からだんだん体や顔を変え始めて、モンスターみたいなのが中間に出てきて最後に女性のイメージに変わる。モンスターは自分の体験した幻覚や病闇の情景。あらゆる薬を飲んでいた頃の私は酷い精神状態で、その心の闇をいろんなモンスターの形で表現もしています。
少年、モンスター、女性へと変貌していくという物語性のある展示になっているんですね。
それをパフォーマンスでも表現しようと思っています。少年からモンスターになって、最後は女性になるっていう。自分の中でパフォーマンスは、常に展示している作品と連動しセットになっています。それは、その場にいた人しか見ることができないという意味もありシークレット。で、今回で4回目だからタイトルが「Secret no.4」。サブタイトルに今回の展示の軸にも存在するSRSをつけたの。パフォーマンスが次に向かう一つの儀式なんです。一回限りのパフォーマンスと、何ヶ月間も展示されている長い時間の作品が連動していて、両方があってひとつの私の世界が形成され自己の中で完結する。たった数分間で、心を揺さぶるくらいの、もしかしたら、あなたの人生を変えるかもしれないくらいの覚悟で私は常にパフォーマンスをやってるの。
理想の体となった今、この次はなにを表現しますか。
これからは自分の体が作品というのからはちょっと離れて、圧倒的に美しいもの、純粋なもの、それをキーワードにして創造していこうかなと考えてる。性別適合手術が終わった時点で、頭の中での女体への固執というモノは無くなりました。次は天使のシリーズを創りたい。それはイコール子供のことなんです。性別適合手術して戸籍の性別も名前も変えたけど、私が手に入れられないもの。それは子供を産むこと。子供=エンジェル=純粋なもの。イコールそれは白いイメージ。
GOTH展で私の展示している展示室の壁面は全て純白なんだけど、実は私自身の精神病棟もしくはサナトリウムをイメージしています。写真の背景も白、ドレスも白、基本的に全ての要素が白で構築されているんです。それは、その地点で子供っていう白い純粋なイメージが圧倒的に存在し明滅していたから、そこにつながるようにしていていますし、闇を包み込む白という自身の精神状態の表象でもあります。芸術家は人生そのものが芸術であるべきだと思っているので、見える事も見えない事も含め全て私自身そのものと深く繋がっています。だから私は全ての事にコンセプトではない次元で自己紹介のように相手に答える事ができます。
なるほど。表現は尽きることがないということですね。ところで、昨年10 月に性転換をしてからもうすぐ5ヶ月が経ちますが、女の子の体になってよかったですか?
うん。何も後悔もないです。ただ、オペレーション後の痛みが凄ったから…3ヶ月くらい痛みが続いていて、その間には生活自体も目まぐるしく、横浜美術館での展示の準備もありましたから。日常のスピードの方が早くて、痛みや記憶に浸ってる時間が私の場合ほとんどなくて。だから気づいたら遠い昔のことのような感じでした。
昔、肉体に付いてたペニスの写真をみたら、既にそっちの方が違和感がある。胸の膨らみがあるのにペニスがあるという両性具有みたいな体が変で不思議だなぁと思えてきました。当時は不思議とは思っていなかったのですが。今の方がすごい自然に感じます。戸籍も変えましたので多くの人のように結婚も出来るし、今は幸せを感じるという事がどういう事なのか分かってきています。自分のやってきた事は苦しかったけど、今思えばそれはよかったなぁって思えるの。
「女性としてキレイになっても“だから何なの?”っていう気持ちがあって。あの写真には心や魂が込められていて、私の目が見ている先を見てほしい。そこに答えがあると思ってる」と最後に語ってくれた言葉が印象的でした。性別を越えてひとりの人間として、とても自然体でキュートなピュ~ぴるさんにこれからも注目です。
※メイン画像…《Selfportrait #36 光へ向かう少女》2005-07年、デジタル写真、インクジェット・プリント、個人蔵
(取材・文:まきとも)
ピュ~ぴる PROFILE
1974年、東京生まれ。高校時代に自宅のミシンで独学によるコスチューム製作を開始。主にクラブに行くための奇抜なコスチュームをつくっていたが、1997 年からは創作として注力するようになる。2005 年横浜トリエンナーレで発表した「愛の生まれ変わり」で、新鋭のアーティストとして脚光を浴びる。2007年台北現代美術館「Fashion Accidentally」に参加。セクシャリティーを超えた類稀なる存在として、近年国内外で高い評価を受けている。自らの強い妄想や強迫観念などの感情を創作のモチベーションとして取り込むことで、人間の内面と身体の表象の結合を試みる独自の芸術世界を展開。
<「GOTH-ゴス-」展関連イベント/パフォーマンス>
「Secret no.4 SRS-」
3月22日(土) 15:00~
会場:横浜美術館グランドギャラリー
★展示期間中、ピュ~ぴるさんお手製の限定Tシャツを販売。残りわずか!急げ!
「GOTH-ゴス-」展
世界的な活動を展開する6組のアーティストによる立体、絵画、映像、写真作品、約250点を通じて、現代美術におけるゴス/ゴシックを紹介する。
3月26日(水)まで
会場:横浜美術館(横浜市西区みなとみらい3-4-1 [地図を表示])
開館時間:10:00~18:00/金曜日は20:00まで(入場は閉館の30分前まで)
休館日:木曜日(3月20日は開館)、3月21日
観覧料:一般1,200円 大学・高校生700円 中学生400円
(その他各種の割引についてはお問合せください)
主催:横浜美術館[横浜市芸術文化振興財団]