骰子の眼

stage

東京都 渋谷区

2009-05-12 23:00


(ほぼ)初日劇評 第4回:技巧的な企みを極限までラディカルに突き詰めた『アントン、猫、クリ』 (『キレなかった14才・りたーんず』より)

6人の若手演出家による、転がり続ける連続上演企画『キレなかった14才・りたーんず』から、『アントン、猫、クリ』についての音楽的考察!
(ほぼ)初日劇評 第4回:技巧的な企みを極限までラディカルに突き詰めた『アントン、猫、クリ』 (『キレなかった14才・りたーんず』より)
篠田千明 作・演出『アントン、猫、クリ』(『キレなかった14才♥りたーんず』より)撮影:加藤和也
『アントン、猫、クリ』 4月16日ゲネプロ、本番 27日本番
『少年B』 4月24日本番

すべてこまばアゴラ劇場 自由席にて観覧

将来を嘱望される若手演出家6名による連続上演企画『キレなかった14才♥りたーんず』が、5月6日まで、こまばアゴラ劇場で開催された。

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構想から実現まで1年を要したこの企画も、5月6日に無事終了。役者や演出家へのインタビューが行われていたロビーでのイベントも賑わいを見せ、客席も連日満杯で、盛況のうちに閉幕した。僕は6作品中4作品を初日、残りの2作品を二巡目に観覧。初めは、せっかく全公演観たのだから、総論的な見解を述べる心づもりでいた。「14才」というテーマとの個々の向き合い方、演出家の世代的な共通項、日本の演劇史上における本企画の位置付け、等々……。

だが、いくら頭をひねっても「これ!」という答えなどでない。それはそうだろう。演出家も観客もスタッフも、明確な着地点や完成形を思い描いて企画を始めたわけではないからだ。無論、皆、何かに向ってはいる。いや、向っているというよりは転がっているという感じか。どこにどう転ぶか分からないが、とりあえず躓いたりふらついたり足が止まってしまうことは織り込み済みで、無軌道に、手探りで転がり続けること。だから僕も、その様子を、今まさに眼前で起きていることを、ただ見届けるだけで必死だった。


そんなわけで全体像を見渡すことは諦め、全作品中もっとも気になった『アントン、猫、クリ』について評する。恒例の初日劇評とは異なり、完全に事後的な記事になってしまったが、総論めいたことは、5月14日アップリンク・ファクトリーで開催されるイベント『劇談、土佐有明。』で演出家の口から(おそらく)語られだろうから、お許し頂きたい。

『アントン、クリ、猫』02
篠田千明 作・演出『アントン、猫、クリ』(『キレなかった14才♥りたーんず』より)撮影:加藤和也

ただひとつ思うのは、本当に時代を刷新する端緒や糸口になる出来事は、実際に起きている最中には、その新しさや意義が認識されにくい、ということだ。個々の演出家たちがこの企画で得たものを持ち帰って、何らかの成果を実らせた時――それはもしかしたら、10年後、20年後かもしれないが――、ようやく本企画の本旨が鮮明に像を結ぶのではないだろうか。

さて、ピックアップした『アントン、猫、クリ』は、快快の演出を手掛ける、82年生まれの篠田千明の作・演出作品。技巧的な企みを極限までラディカルに突き詰めた作品であり、前述したように「何か未知の領域に向って転がっているが、その“何か”が現時点では判然としない」という意味で、本企画を象徴するとてつもない公演だったと思う。

話の主軸は、アパートに住みついた野良猫を巡る、住民たちのたわいのないやりとり。文字通り半径50メートル以内の日常を切り取った話で、登場する役者もふたりのみだ。だが、一見ミニマムな風景を基点に、猛烈な速度と勢いでイメージが膨張・拡散してゆく様子は圧倒的。フィッシュマンズに倣って、『宇宙・日本・こまば』とでもサブタイトルを付けたい感じだ。

序盤、主人公の女性は目に映る風景や食べ物、電化製品などの名称をランダムに連呼する。「かばん」「ドアノブ」「豚バラ」等々、断片的に名詞が提示されるのみなので、具体的なイメージは観客が脳内で補完するしかない。ただ、役者の身体表現と発話のリズムが絶妙に、いや、微妙に、言葉の意味とリンクしているため、舞台上にないはずの架空の情景がいつしか観客の眼前にくっきりと浮かび上がってくる。

『アントン、クリ、猫』01
篠田千明 作・演出『アントン、猫、クリ』(『キレなかった14才♥りたーんず』より)撮影:加藤和也

最大の見せ場は終盤のトリッキーな展開。それまでふたりの間を飛び交っていた言葉の数々は、最小単位まで分節化された後、異なる文脈に組み込まれることでまったく別の意味(や無意味)を生成させる。重なり、交わり、微妙にズレつつも、つかず離れずの距離を保ち続けるふたりの台詞が、多層的な響きを帯び、美しくも不可思議なポリフォニーを奏でてゆく。

篠田が行った言葉の解体・再構築という作業は、音楽においては古くはカット・アップ・アンド・コラージュから、昨今ならばハードディスク・レコーダー上での切り貼りや編集として根付いている発想を演劇に持ち込んだもの、とも言える。例えば、ハードディスク・レコーダーのなかった60年代末~70年代のマイルス・デイヴィスの作品は、その多くがプロデューサーのテオ・マセロの緻密で的確なテープ編集によって成立している。69年の『イン・ア・サイレント・ウェイ』を例に取るなら、収録時間38分の同作でマイルスがOKを出したテイクはたったの18分。そのオリジナル・テイクをマセロが細かく切り刻み、同じフレーズを複数回利用したり、順序を大胆に入れ替えることで、独立したアルバムに仕上げている。しかも、この『イン・ア~』の断片は、寄せ集めの未発表セッションをマセロがサントラ盤として再構築した『ジャック・ジョンソン』(70年)にまで顔を出すのだ。

とまあ、音楽との相似性を指摘することはいくらでも可能なのだが、篠田の本作での狙いにもっとも近いのは、6月に久々の新作『影の無いヒト』(傑作!)のリリースを控えている、ASA-CHANG&巡礼ではないだろうか。ASA-CHANGは、代表曲「花」をリリースした当時、「ある一定の周期内のリズムを分割し、言葉をシンクロさせることで、すべての感情を表せると思った」と話していたが、巡礼と本作で篠田がトライした作業には強い共時性を感じずにはいられない。

ASA-CHANG&巡礼 『花』PV↓

「花」で定型のフォーマットを築いた巡礼のコンセプトは作品を追う毎に驚異的な進歩と発展を続けているのだが、もうひとつ象徴的な例として、「つぎねぷと言ってみた」「背中」「カな」の3曲のPVを挙げたい。というのも、これらのPVには、「背中」の康本雅子をはじめ、コンテンポラリー・ダンス畑のダンサーや振付家が参加しており、それぞれ、原田郁子、小泉今日子、永積タカシの朗読や歌が切り刻まれた後、タブラの不規則なリズムと同期させられ、独創的な身体表現との融和を見せる。そう、筆者が『アントン、猫、クリ』を観た時にまっさきに連想したのが、これらのPVだった。

ASA-CHANG&巡礼 『背中』PV↓

ASA-CHANG&巡礼 『つぎねぷと言ってみた』PV↓

ASA-CHANG&巡礼 『カな』PV↓

ちなみに、5月15日から17日まで、ASA-CHANG&巡礼が先述の3曲に参加したダンサーや振付家、ミュージシャン、俳優、美術作家などと共同で異空間を作り上げるという『アオイロ劇場』が開催される。『アントン、猫、クリ』と、上記のPVを繋ぐ不可視な線というのは、案外こういう場所に転がっているのではないか、という気もしている。

もうひとつ、今年1月にtoiの公演『四色の色鉛筆があれば』で構造面での仕掛けや計略で驚くべき独創性を発揮した柴幸男の『少年B』も興味深い作品だった。彼のトレードマークとされる手法的な斬新さはほぼ皆無。完全な直球勝負に打って出たことも驚きだったが、その内容がまた、一定の層にはたまらない切実さを帯びているものだった。こちらは5月20日発売の『ミュージック・マガジン』に劇評を執筆したので、詳述は避けるが、要するに「中二病をこじらせた青春ゾンビのためのレクイエム、もしくはファンファーレ」というべき内容だった。

漫画で言えば、古谷実の初期作、久住昌之=作・久住卓也=絵『中学生日記』、さくらももこ『永沢君』、さそうあきら『俺たちに明日はないッス』、古泉智浩『ジンバルロック』などが好きな人にはたまらない作品だろう。と、常に演劇プロパーではない立場から舞台と向き合っている(というか、そうせざるを得ない)筆者なので、あえてディティールは語らず、今回も他ジャンルとの比較でそのテイストを説明してみた。

残りの4作品については、おそらく『劇談、土佐有明。』で触れることになるだろう。ぜひ、足を運んで、彼らの生の声に耳を傾けて欲しい。

『キレなかった14才♥りたーんず』とは?
1982年生の演出家が中心となって立ち上げた連続上演企画。2009年4月16日(木)~5月6日(火・祝)まで、こまばアゴラ劇場で6演目を上演。神戸の連続殺傷事件が起きた当時、「キレる14才」なるレッテルを貼られた彼らが、自身の14才の頃の記憶と向き合いつつ、作品を作り上げた。詳細はhttp://kr-14.jp/kr-14web/にて。

(文:土佐有明)


劇談、土佐有明。第二幕
『キレなかった14才♥りたーんず』とはなんだったのか!?
~若手演出家6人による連続上演企画を振り返る~
2009年5月14日(木) 開場19:00/開演19:30

旬の演劇人を迎え、インタビュー形式で彼らの本質に迫るという土佐有明氏主宰のトークイベント。催される第二回目は、『キレなかった14才♥りたーんず』の企画に携わった演出家(当日は飛び入りもありかも!)たちの本音トークの他、この日のために書き下ろされた短編新作も上演されるという豪華内容。

出演:柴幸男(青年団演出部)、篠田千明(快快)、中屋敷法仁(柿喰う客)他、ゲスト予定
聞き手:土佐有明(ライター)他
短編新作プレミアム上演:
「ひっくりカエル」 作・篠田千明 演出・柴幸男 出演・中屋敷法仁

会場:アップリンク・ファクトリー
(東京都渋谷区宇多川町37-18トツネビル1F) [地図を表示]
料金:予約・当日共に1,800円(1ドリンク付き/メール予約可能、当日券あり)
★詳細・予約方法はコチラから


土佐有明(とさ・ありあけ)PROFILE

1974年千葉県生まれ。ライター。J-POPからジャズまで音楽関係の仕事をメインに、最近は音楽誌等で演劇についても執筆。過去10年の仕事をまとめ、吉田アミとのポツドール1万字対談を加えた『土佐有明WORKS1999~2008』が発売中。ポツドールの初公式パンフレットで取材・構成を担当。10日発売の『マーキー』では、演劇連載で『キレなかった14才♥りたーんず』を紹介した他、相対性理論について岸野雄一氏と対談。
★連載開始にあたってはコチラから

【過去の劇評】
第1回 ポツドール『愛の渦』(2009.2.19)
第2回 柿喰う客『恋人としては無理』(2009.3.8)
第3回 庭劇団ペニノ『苛々する大人の絵本』(2009.4.12)

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