(左)『死と彼女とぼく』、(右)『死と彼女とぼく ゆかり』 (C)川口まどか/講談社
ランキングや巷の評判は一切無視、独断と偏見で昨今のマンガを紹介しまくるという吉田アミさんの連載コラム『マンガ漂流者(ドリフター) ~新感覚★コミック・ガイド~』。記念すべく第1回目は、マンガ家・川口まどかさんの人気シリーズ『死と彼女とぼく』をご紹介。
川口まどか(かわぐち・まどか)
マンガ家。4月24日大阪府生まれ。大阪芸術大学美術学科卒。1983年、『はあとビビッとさしみインコ』が「ハローフレンド」(講談社)に掲載されデビュー。1988年、「週刊少女フレンド」の増刊「サスペンス&ホラー」(講談社)にて、『死者をみる少女』を発表。以降、『死と彼女とぼく』として、現在も続く人気シリーズとなる。その他の代表作に人間の願いを叶える悪魔が主人公のミステリアスファンタジー『やさしい悪魔』、人魚をモチーフにした『海の砂漠』など。
20年以上続く人気シリーズ『死と彼女とぼく』
死者が見える少女・ゆかりと死者や生き物の声が聞こえる少年・ゆかりと、死者たちの交流を描いた『死と彼女とぼく』は、1988年に「週刊少女フレンド」(講談社)で発表されて以来、20年経た今も続く人気シリーズ。単行本はKCサスペンス&ホラーから、『死と彼女とぼく』が全10巻、講談社漫画文庫では5巻にまとめられている。
2003年からは、タイトルを『死と彼女とぼく ゆかり』と改め、掲載誌を『Kiss』増刊(講談社)に移し、内容も若干大人向けに。シリーズ後半は、優作の両親が主役を務め、前シリーズで明らかにされていなかった謎が解明された。
2009年、「Kiss +(プラス)」3月号からは、新章『死と彼女とぼく めぐる』がスタート。主人公は、優作の母・杏子。物語は彼女を死に追いやった黒い死者との戦いがメインになりそうだ。ある意味、少女ホラーマンガ界の『ジョジョの奇妙な冒険』ともいえる作品。
ここがポイント!死者の描写(1)
(左)無根拠に人を恐怖に陥れる。(右)異形の姿となった死者。 (C)川口まどか/講談社
『死と彼女とぼく』って、どんな作品?
『死と彼女とぼく』は、ホラーマンガである。
「ホラーマンガである」と書いた途端に手に取ることを躊躇したみなさん、逃げちゃダメ! あなたは優れた作品を「ジャンル」なんていう見知らぬ誰かのレッテル貼りで、読む前からジャッジした証拠。この連載では、そういう態度は軽んじられる。マンガを通して、自らの「価値観」「美学」を磨こうではないか。一体、自分がどんな作品が「好き」なのか、純粋に探ろうとするとき、レッテル貼りほど邪魔なものはない。無視してどんどん進んでいこう! ずんずんずんずん・ずずん・ずん!
ここがポイント!心に残る印象的なセリフ
(左)どこか諦めた表情のゆかり。(右)助けようとした死者につらく当たられることも……。 (C)川口まどか/講談社
ホラー・ブームに生まれた『死と彼女とぼく』
1988年、『死と彼女とぼく』シリーズ第1作となった『死者をみる少女』が発表された。黒澤清監督のホラー映画『スィート・ホーム』が公開されヒットした年でもある。今でこそ日本のホラー映画はハリウッドでリメイクされるなど評価が高いが当時は評価が低く、日本で上映されヒットするホラー映画といえば、海外の映画がほとんどであった。それらの作品は、遊園地のアトラクションよろしく、とにかく観客にショックを与えることを主眼が置いたゾンビ、スプラッター映画がほとんどだった。
そんな背景もあり、世はちょっとしたホラー・ブーム。「ハロウィン」(朝日ソノラマ社)、「ホラーM」(ぶんか社)、「サスペリア」(秋田書店)、「死と彼女」シリーズが掲載されていた「少女フレンド」の増刊「サスペンス&ホラー」(講談社)など、少女向けのホラーマンガ専門雑誌が次々と創刊された時期で、谷間夢路、御茶漬海苔、犬木加奈子、伊藤潤二、神田森莉、長田ノオトらなど、多くの新人マンガ家を輩出していた。
マンガに限らずだが、生きている、勢いのあるシーンとは、新人が多くデビューする処。死んでいる、停滞している雑誌とは、冒険を忘れた処である。新しい価値観を受け入れ続けなければ、シーンは確実に死に向かう。 その頃、ホラー・マンガシーンには妙な活気があったのだ。
ここがポイント!日常に溶け込む死者たち
(左)こちらの都合などおかまいなし。図々しく一方的に現れる死者。(右)友達感覚で気さくに現れ、日常に溶け込む死者。 (C)川口まどか/講談社
恐怖が日常となった少女と少年のボーイ・ミーツ・ガール
「キャー」と叫ぶ美少女を描いたのが楳図かずおなら、どんなホラーな状況にも無表情な美少女を描いたのが川口まどかである。『死と彼女とぼく』の主人公・ゆかりは、子どもの頃に死の淵を彷徨った経験からか、幽霊……作品で「死者」と呼ばれる存在が見えるようになった少女だ。彼女は、どんな異形の死者と出会っても、怖がらない。死者が見える状態が彼女の日常。恐怖は常に彼女と共にあるからだ。
そんな彼女の前に白馬の王子様は現れる。
彼女と同じように特殊な能力を持つ少年、松実優作だった。彼は死者に限らず、人や動物などあらゆる者の声が聞こえる能力を持っていた。本人さえも気づかない、気づきたくない「心の声」が聞こえてしまうのだ。
常に孤独感を抱いて生きてきた二人。絶望が深ければ深いほどに、惹かれ合うのは必然である。二人は死者との交流を通し、人間的に成長し、愛を深めていく……。『死と彼女とぼく』はそんな物語だ。
ここがポイント!いちゃラブな二人
(左)「普通」という割にはいちゃいちゃしすぎ。思わずニヤけてしまう!(右)世界は二人のために。深い絆で結ばれている二人は今日もアツアツ! (C)川口まどか/講談社
ここがポイント!なんだか、ものすごくエロいぞ!
(左)時には死者に襲われることも……。川口まどかの描く濡れ場はエロすぎです!(右)ゆかりの足をマッサージする優作。 (C)川口まどか/講談社
他人に理解されない能力を持つが故の苦悩
他人にはない特殊な能力を持っていれば、行使したくなるのが人の常。しかし、作者はそれを退ける。『ゴーストバスターズ』、幽霊を退治するヒーローには決してならない。なぜなら、他人は「見えない」し「聞こえない」のである。二人と同じ世界を見ていない、ということはどんなに二人が努力しても、苦労は報われないのだ。
また、『死と彼女とぼく』に登場する死者たちの多くは、復讐を目的とした怨霊ではない。死んで誰にも省みられなくなった自分を見つけてくれるゆかりと優作にだけ、心を開く。いくら問いかけても返答のない生前縁のあった人たちではなく、ただ自分を「見つけてくれる」赤の他人の二人に、だ。
彼らは「死者」を「生者」の延長に居る者だと解釈している。
死んだ人を「幽霊」と呼ばず、一環して「死者」と呼ぶのはそのためだ。生前に抱えた問題は、死後もずっと続くのである。そう、この物語では死は何の解決にもならない。生前の苦悩から逃避手段として、安易に死を選んだとしても、安らかにはなれないのだ。
長い間、死者と接した二人は、「不幸な死者を見たくはない」という真理に到達した。「どうせなら」「できれば」「少しでも」と前置きをして、自分たちのできる範囲で死者を苦悩から救おうとするようになる。彼らは今、目の前に自分に救いを求める誰かの手払いのけようとしないのだ。 縁(ゆかり)。
誰かを助けることに、過剰な意味は見い出されない。誰かの苦悩を「知ってしまった」こと。救う理由は、それだけで十分なのだ。
ここがポイント!誰にも理解されない孤独
(左)優作は生き物の言葉が聞こえてしまう故に、食べ物が食べられなくなってしまう。(右)小さい頃の病気のせいで、死者が見えるようになってしまったゆかり。 (C)川口まどか/講談社
心のままに。「かたち」を持たない死者たち
死者はさまざまな「かたち」で現れる。ある者は人生で一番、きらきらしていた青年時代の姿に。またある者は、子を想う気持ちと、自分を殺した相手を呪う気持ちで引き裂かれ、半身ずつに分かれてしまう。自分の心に嘘をつけば輪郭は曖昧に。人の「かたち」さえなしえないクリーチャーのような姿の者もいる。
死者は「肉体」を持たないがゆえに、生前と同じ「かたち」をとどめることが難しい。「心」がそのままの「かたち」になってしまうのだ。醜い心の者は醜く、美しい心の者は美しく描かれる。
ゆかりは、心をそのままにトレースした「かたち」で死者を見る。彼女は、気がついてしまう。死者本人さえも気がつかなかった苦しみを。優作は、心の「声」を聞いてしまう。彼の前に嘘や欺瞞、誤魔化しは効かない。二人は名探偵のように相手を観察し、可能な限り「救う」。助けを求める手を、声を決して見逃しはしないのだ。
淡々とした物語の中に、宿る静かな感動、仄かな希望。
それに気がつくことができれば、あなたにとって『死と彼女とぼく』は、ホラーマンガではない。死者と同じ苦悩を抱く、ただの生者であると知るだろう。真のテーマは、「恐怖」だけではないのだ。他人と共有できない悩みを持つ者同士の結びつきの強さ、分かり合えない他者とのコミュニケーションの問題を描く作品なのだ。
だからこそ、生きている人にも死んでいる人にも、生きているのに死んでいるみたいな人にも、他者との距離のとり方に悩むすべての現代人に大・大・大推薦なマンガなのです!
次回は同作からマンガをソムリエしたいと思います。『死と彼女とぼく』を好きな人はこんなマンガも好きなはず! もしくは、こんなマンガが好きな人は『死と彼女とぼく』が好きなはず!
ここがポイント!死者の描写(2)
(左)怖いだけじゃない!こんなラブリーな死者もいる。(右)人に寄生するタイプの死者。 (C)川口まどか/講談社
(文:吉田アミ)
【過去のコラム】
・吉田アミの新連載コラム『マンガ漂流者(ドリフター) ~新感覚★コミック・ガイド~』がwebDICEでスタート!(2009.4.22)
■吉田アミPROFILE
音楽・文筆・前衛家。1990年頃より音楽活動を開始。2003年にセルフプロデュースのよるソロアルバム「虎鶫」をリリース。同年、アルスエレクトロニカデジタル・ミュージック部門「astrotwin+cosmos」で2003年度、グランプリにあたるゴールデンニカを受賞。文筆家としても活躍し、カルチャー誌や文芸誌を中心に小説、レビューや論考を発表している。著書に自身の体験をつづったノンフィクション作品「サマースプリング」(太田出版)がある。2009年4月にアーストワイルより、中村としまると共作したCDアルバム「蕎麦と薔薇」をリリース。6月に講談社BOXより小説「雪ちゃんの言うことは絶対。」が発売される予定。また、「このマンガを読め!」(フリースタイル)、「まんたんウェブ」(毎日新聞)、「ユリイカ」(青土社)、「野性時代」(角川書店)、「週刊ビジスタニュース」(ソフトバンク クリエイティブ)などにマンガ批評、コラムを発表するほか、ロクニシコージ「こぐまレンサ」(講談社BOX)の復刻に携わり、解説も担当している。5月下旬より佐々木敦の主宰する私塾「ブレインズ」にて、マンガをテーマに講師を務める予定。
・ブログ「日日ノ日キ」
Amazon.co.jp:
死と彼女とぼく (1) (講談社漫画文庫)
川口 まどか
Amazon.co.jp:
死と彼女とぼくゆかり 1 (1) (講談社コミックスキス)
川口 まどか