イラスト:宮田紘次
音楽・文筆・前衛家の吉田アミさんによるマンガ連載コラムが、本日よりwebDICEでスタートします。まず始めに、「なぜ、吉田アミはマンガの連載を始めるのか?」といった連載にあたっての趣旨を自身がたっぷりと語ってくれました。熱狂的なマンガファンから、興味はあるけど何から読んでいいのか分からないというマンガ初心者まで、幅広い方にこの連載をお届けします。
さて、あなたは何を手がかりに見知らぬマンガと出合うのだろうか?
映画やテレビドラマ、アニメ化など、映像化をきっかけに?
手堅く小学館漫画賞、日本漫画家協会賞、講談社漫画賞、手塚治虫文化賞、文化庁メディア芸術祭、マンガ大賞など、有名なマンガ賞を受賞した識者も太鼓判だったから?
それとも、『このマンガを読め』、『このマンガがスゴイ!』のような毎年刊行されているマンガ・ランキング本で紹介されていたから?
それともそれとも、友達に奨められた? ブログで紹介されていた? 本屋でたまたま出合った? etc...
理由があって「好き」になる場合と理由もなく「好き」になる場合を比べてみると、本気な度合いが違う気がする。「誰か」や「何か」が保障してくれる「好き」は「安心」だけどつまらない。
「誰か」や「何か」に頼りたくないなら、成すべきことは只一つ。
直感を磨け!
日夜、垂れ流される膨大な情報に翻弄され、大切な「何か」を感じ取る心のゆとりを失った我々、現代人に一番必要なのは「癒し」なんかじゃない。損得勘定で「何か」を選択するような浅ましい態度でもない。
無意識を鍛えあげろ!所詮、頭で考えたって無駄。どの選択が正しいかなんて、答えはでない。悩むなら己を信じろ。0.1コンマで選択を間違い、すべてを台無しにするようなヘマは踏むな。疲労疲弊不平不満の呪いに捉われるな。逃げろ。走れ。択んでいることさえも気がつかないうちに自分にとって本当に大切な「何か」を選び取れるように鍛錬せよ。
損得勘定で択んだ道はたいてい茨の道。冷静な判断ができぬ状態で択んだ道は後悔の道。誰かの幸せを願って択んだ道は自分が不幸になる道。死亡フラグが立ちまくる。死なないために。生きるために。考えるために。考え抜くために。今、一番必要なのだ。
と、いうわけでこの連載では、ランキングや巷の評判一切無視。私、吉田アミの独断と偏見でマンガを紹介しまくるという趣向だ。しかし、「四の五の言わずに兎に角読め!」と上から目線で押し付けるのでは能がないし、それでは多くの読者の共感を得られないだろう。
また、どんな作品にも熱狂的なファンはいる。人生が十人十色ですべてが正解であるように、不正解を決め、「何か」を排除することは極力避けたい。誰かが捨てた「何か」が他の誰かにとっての「何か」かも知れない可能性を否定するのは、やめよう。なるべく多くの人にとって、「何か」と出合えるようなコミック・ガイドが読みたいのだ。
しかし、闇雲に何でもOKと肯定していたら、編集されないこの曖昧模糊とした現実社会と何ら変わりはしない。変わり映えのしない、夢のない、ドラマのない、理想のない世界なんて見飽きてる。だったら、できることは個人の限界を一つの線引きとしよう。
まず、私が好きだと思うこと。私が自信を持って、「誰か」に説明できる作品だということ。この基本ルールは破らない。「好き」を見つけるためのガイドが、誰かを傷つけるのはNGだ。インプットされた情報の中から「誰か」にぴったりの「何か」を差し出すロボットで良い。愚直なガイドがいたっていい。見知らぬ「誰か」に見知らぬ「何か」をプレゼントするような……そうだ、そうだ。そういうものが私も読みたい。
工夫が必要なのだ。
……と、小一時間。さらに、半日。さらに、丸一日が過ぎようとしていた。ハッとひらめく、その直感を、信じよう。
さて、みなさんは、1998年に『ダ・ヴィンチ』(メディアファクトリー)が編集した『1億人の漫画連鎖コミックリンク』という本をご存知だろうか。同書を一言で説明するならコミック・ガイド本だ。しかし、この本が数多のコミック・ガイドと異なり斬新だったのは、その特徴的な紹介方法にあった。
知らない人のために概要を説明しよう。「あの作家あの作品から拡げる」とした第3章では、3つの紹介方法が取られている。
まず「リンク0」と冠し、誰もが知る旧作マンガから、誰もがまだその良さに気がついていない若手のマンガとの類似性を見い出し並べ、次の「リンク1」では、一人のマンガ家の代表作をレビュアーが私情を挟みつつ作品への思い入れを語り、「リンク2」では作家固有の世界観を分析し、代表作以外の作品を紹介している。最後の「リンク3」では、他の作家とその作家の類似性を強引に見つけ出すというもの(注1)。
現在ならamazonのレコメンデーションサービスを連想してもらうとイメージしやすいだろうか。amazonを利用すると「この商品を見た後に買っているのは?」と表示される例のアレのことだ。
(注1)厳密に書くと「リンク0」という方式は、少年および青年向けマンガのみに導入されている。後半に紹介されている少女および女性向けマンガには「リンク0」という方式は用いられていない。何から影響を受けたのか分かりづらい少女マンガのルーツ探しが困難だという諦めなのだろう。
★ちょっと脱線しますよ(メンドクサイ人は次へジャンプ)
「協調フィルタリング」と呼ばれるそのシステムは、各利用者の嗜好をデータとして蓄積し、あらかじめ傾向を計算し、オススメを提示するというもの。えーと、大雑把に言っちゃうと「類似する趣味の人にすすめられる商品はハズレが少ない」もしくは「同じ穴のムジナ」みたいなモン。石橋を叩いて渡りたい人にはうってつけの機能ってわけよ。
もちろん欠点もあって、ヒット商品ならそれだけクリック数も多いから正確な精度が期待できるけど、新しいものっていうのは、まだ未知数。クリックされる回数も少ないから蓄積するデータも少ないわけ。だもんで、自ずと結果にばらつきが出るって寸法よ。もちろん、あちらさんもそんな欠点は合点承知之介でさあ。日々是精進。あくまでも、まだ神様レベルの完成度には至ってないし、まさかそこまで機械がお利口さんになれるのかって言ったら幾億光年、待てど暮らせど。革命的な進化が起こらない限りは、不可能なんじゃないかなあ。って、私の内の江戸っ子が呟いていたよ。
しかし、amazonの「おすすめ」では、一個人の思い入れ、思い込みなんていう情熱は加味されることはない。私が『1億人の漫画連鎖コミックリンク』が面白かったのは、「一個人の思い入れ、思い込みなんていう情熱」に寄った紹介され方だったからだ。
例えば、永井豪「デビルマン」→三浦健太郎「ベルセルク」、石ノ森章太郎「仮面ライダー」→士郎正宗「攻殻機動隊」、赤塚不二夫「天才!バカボン」→漫画太郎「地獄甲子園」というように。さらに、「マンガのお約束破壊」、「種々サンプリングされたエンターテイメント物語」、「偶然? 必然? 恋した相手は○○だった……」といったテーマに分けて、おびただしい数の作品が紹介されていく。並べられてみると、「なるほどハハーン」から、「無茶すぎるだろう!」までさまざま。なんとも人間的な選別方法だろう。これぞ、ザ・直感リンク!不足分込みで楽しめるというものだ。
もちろん、こんなアクロバティックなレビューばかりではない。約5300名による人気ランキング、マンガ家インタビューなど、現在発行されているマンガ・ランキング本に近いページが主である。だからこそ、冴え渡っているのだ。
蛇足だが、マンガ・ランキング本として、お馴染みのフリースタイルの『このマンガを読め!』は2004年、宝島社の『このマンガがすごい!』は2005年より刊行を開始。後発のマンガ・ランキング本へ少なからず影響を与えただろうことは容易に想像できるだろう。
「コミック連鎖とは、マンガのジャンルやテーマだけでなく、さまざまな接点にアクセスして未知の面白いマンガ作品に出合っていくことです」という宣言文で始まる同書。どうだろう、この無駄に高まる胸の高まりは。同調できない? そこは無理に足並みを揃えていこう! 虎穴に入らずんば、虎子を得ず! 敢えて、火中の栗を拾う! その意気だ!
オモシロいマンガは自分が知らないだけでごまんとあるのだと。
他人が思い入れたっぷりに紹介するマンガには「何か」ある……と。
この連載では私のマンガ・チャクラを開かせた『1億人の漫画連鎖コミックリンク』に最大級のリスペクトを表しつつ、2009年の現在に生きる読者向けに最適化。ランキングや売り上げに左右されず、作品と作品を感覚で繋げるように紹介する。読んだ広がり、新たなマンガとの出合いに飢えたあなたにぴったりなマンガをそっと差し出したい。
船頭は私、吉田アミが務めさせていただく。次回より、マンガ大海に向けて航海がスタート。記念すべき第1回。目指すのは、川口まどか「死と彼女とぼく」。川口まどかを基点に、次は何処へ漂流するのか、ご期待下さい!
(文:吉田アミ)
■吉田アミPROFILE
音楽・文筆・前衛家。1990年頃より音楽活動を開始。2003年にセルフプロデュースのよるソロアルバム「虎鶫」をリリース。同年、アルスエレクトロニカデジタル・ミュージック部門「astrotwin+cosmos」で2003年度、グランプリにあたるゴールデンニカを受賞。文筆家としても活躍し、カルチャー誌や文芸誌を中心に小説、レビューや論考を発表している。著書に自身の体験をつづったノンフィクション作品「サマースプリング」(太田出版)がある。2009年4月にアーストワイルより、中村としまると共作したCDアルバム「蕎麦と薔薇」をリリース。6月に講談社BOXより小説「雪ちゃんの言うことは絶対。」が発売される予定。また、「このマンガを読め!」(フリースタイル)、「まんたんウェブ」(毎日新聞)、「ユリイカ」(青土社)、「野性時代」(角川書店)、「週刊ビジスタニュース」(ソフトバンク クリエイティブ)などにマンガ批評、コラムを発表するほか、ロクニシコージ「こぐまレンサ」(講談社BOX)の復刻に携わり、解説も担当している。5月下旬より佐々木敦の主宰する私塾「ブレインズ」にて、マンガをテーマに講師を務める予定。
・ブログ「日日ノ日キ」
■宮田紘次PROFILE
1981年生まれ。2006年、「蛇腹」でエンターブレインえんため大賞佳作を受賞した新進気鋭のマンガ家。「Fellows!」4号(エンターブレイン)より、新連載「真昼に深夜子」がスタートした。