ドキュメンタリー映画『面打 / men-uchi 』は22歳の若手面打、新井達矢が一つの能面を製作し、観世流能楽師・中所宜夫による舞によって命吹き込まれるまでを追った作品である。ナレーションやインタビュー等、言葉による説明を一切排し、ひとつの四角い木の塊が削られ、剥がされ、次第に表情を帯びていく様をひたすら見つめ続ける。沈黙の作業空間に、ただ鋭利な刃物が木を刻んでいく音だけが静かに響きわたる。
「観世流能楽師の津村さんの楽屋にたまたまお邪魔したときに、見かけ中学生のような青年が自分の作った面を見せていて、津村さんやら他の若い能楽師がその周りで“これ凄いね”って言ってる光景が新井達矢君との最初の出会いでした。そんな少年みたいな人が、名だたる能楽師に囲まれている状況がまず印象的でしたね。
『面打 / men-uchi 』三宅流監督
彼の話を聞いてみると、6歳くらいの頃から能面を彫っていると。ちょうどそのときに、観世流能楽師の中所宣夫さんが今度『鞍馬天狗』という公演をやるために、新井君が能面を彫るという話を聞いて、一つの能面が最初の木の固まりから仕上がって、実際それが舞台で使われるところまでを撮ったら面白いんじゃないかと思いついて。作って完成までっていうのが普通なんでしょうけど、やっぱり能面は使われないと生きてこないので、あらかじめ一つの公演というのが設定された状態で、それに向かって能面を作るという状況を撮ってみたかったんです」
そう語るのは、恵比寿映像祭での新作公開も好評だった三宅流監督。映画『面打 men-uchi』は、史上最年少で文部大臣奨励賞を受賞した若き面打、新井達矢が能面を作る過程を、ダイレクト・シネマの手法を使って映像化した作品だ。
「撮影自体は、面の制作期間が大体2ヶ月くらいなんですけど、編集の方がかなり苦労して最終的に8ヶ月かかりました。最初からコンセプトだけははっきりしていて、それは新井君のドキュメンタリーを撮ろうということでは無かった。一つの木の塊が、ある意味、新井君の手を使って、自らの姿を現していくような、そんなコンセプトがあったんです。だから、むしろ能面の方が主役のドキュメンタリーで、新井君の手も、能面自体が自らの姿を現すための一つのきっかけにすぎないというイメージで描きたかった。
若き天才能面師・新井達矢
だから、とにかく彫っていく、木の薄皮を一枚一枚剥がしていくっていうことも、あんまり工程を追って説明的にやっていくだけでも意味が無いし、ある程度時間の厚みみたいなのを伝えなきゃいけないという気持ちがあったんです。かといって5時間とか長すぎるのも駄目。だから、長すぎないんだけど、時間の厚みがギリギリ伝わるくらいの一番良いところを探すのが8ヶ月かかったんです」
実際に撮影に取り掛かってみると、驚くことも多かったという。
「能面師というと、知らない人からすると、まるで袴でも着て、ロウソクの火の元で孤独に鑿をふるっているかのようなイメージがありますが、新井君の仕事場は、全く普通の大学生の部屋なんです。そこで昼間、外から犬の吠える声が聞こえたり、学校のチャイムが聞こえてきたりする中で、あんなすごい作品が出来上がるという、これは映画をご覧になった人も同じように驚かれると思います」
『面打 / men-uchi』
2009年4月4日(土)~17日(金)、渋谷アップリンクXにて20:50レイトショー
史上最年少で文部科学大臣奨励賞を受賞した若き天才能面師・新井達矢。 木の塊から一枚の面が掘り出されるまでをただひたすらに見つめ続ける。
監督:三宅流
出演:新井達矢(面打)、中所宜夫(観世流能楽師)、津村禮次郎(観世流能楽師)
2006年/日本/60分
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