骰子の眼

stage

神奈川県 横浜市

2009-03-08 01:07


(ほぼ)初日劇評 第2回:上昇下降を繰り返し、自在に伸縮する会話のグルーヴ 柿喰う客『恋人としては無理』

“「何を語るか」よりも「どう語るか」こそが重要な作品だと踏んだ”と土佐有明氏が語る劇団・柿喰う客『恋人としては無理』とは—
(ほぼ)初日劇評 第2回:上昇下降を繰り返し、自在に伸縮する会話のグルーヴ 柿喰う客『恋人としては無理』
現在、横浜のSTスポットで公演中の柿喰う客『恋人としては無理』
柿喰う客『恋人としては無理』(再演)  作・演出:中屋敷法仁
2009年3月5日(初日) 自由席にて観覧

さて、第2回である。連載開始にあたっては各方面から激励の言葉を頂いて嬉しい限りなのだけれど、怠惰で遅筆で体力のない筆者が、自らの首を絞めるような連載の開始を決断したこと自体奇跡的かも……、と今になって自分でも驚いている。まあ、始めるのは簡単だが、大変なのは続けること、だろう。<連載開始にあたって>で触れたネタバレの問題は未解決だが、劇場へ足を運んでもらうためにベストな方法を模索中なので、どうぞ末永くお付き合い頂ければと思う。

当劇団の公演を観るのは実は今回が初めて。ただし、本公演の作・演出を手掛ける中屋敷法仁の噂は以前から耳にしていたし、昨年とあるパーティーでその演技を目撃もしていた。82年生の中屋敷は、同世代の6人の演出家による連続上演シリーズ『キレなかった14才りたーんず』への参加も決定済みの有望株。演劇ユニットtoiの最新作で才能を全面開花させた柴幸男、今月8~9日に公演を控えた快快の篠田千明らと並び、このシリーズに関わる“82年組”の動向は今後も要注目だろう。

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で、なんだかんだで、(キャンセル待ちの当日券ながら)無事初日を観ることができたのだが、当然、即日アップという鉄則は守らねばならない。あらすじについてはやや駆け足になってしまうが、そこを微に入り細に入りつつくべきタイプの作品ではないという判断の上なので、ご了承のほどを。なお、横浜での公演後も劇団は愛知、大阪、福岡、札幌、と全国を回るそうだが、ネットの普及によって情報の地域格差が消失した今こそ、こういう公演で当連載が威力を発揮すると信じたい。

『恋人としては無理』 は、昨年3月にフランスにて(字幕なしで)上演され、その後の国内公演も成功を収めたそう。今回はその再演で衣装や舞台装置、音響、キャスティングなど、いくつか変更があった模様だ。内容は大雑把に言うと、救世主イエス・キリストと、彼の側近の弟子=十二使徒の複雑で微妙な関係を描いた物語である。

ストーリーを端折ったのは、テーマよりも語り口、つまり「何を語るか」よりも「どう語るか」こそが重要な作品だと踏んだからだ。まず、流麗なラップで韻を踏みながら緩急自在に繰り出される役者の台詞は、尋常ではないドライヴ感で観客を牽引する。台詞を発する際の速度やリズム、声のトーンやイントネーション、起伏や抑揚などは数秒単位で目まぐるしく切り替わり、スラップスティックな展開が1時間程度続く。正直、途中で情報量の多さと密度の濃さに疲労感を覚える場面もあったが、矢継ぎ早に放たれる言葉の速射砲に撃たれる快楽は何者にも代え難い。もちろん、作風に先例がないわけではない。柴幸男も平田オリザの作品をラップで上演しているし、快快も『霊感少女ヒドミ』で同様の試みに挑戦している。あるいは図抜けた瞬発力でギアチェンジを繰り返す古川日出男の朗読や、読み解かれることを拒否する程の速度で台詞を発するミクニヤナイハラプロジェクト『青ノ鳥』との共振を指摘することもできるだろう。

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ただし、船酔いがいつしかマゾヒスティックな快感へと転化してゆくようなこの感覚は、ちょっと類を見ない。この流れは気持ちいいな、と聞き入っていると突如梯子を外されるような瞬間が幾度となく訪れ、その度に脳内が脱臼を起こす……のだがそれがまた段々気持ち良くなってくる……、というこの気まぐれで複雑怪奇な発話の妙! 鳥居みゆきが本格的に発狂、いや発病したようなハイテンションな役者が暴れ、ラップと方言が混じったようなハナモゲラ語が飛び交い、歌舞伎の大見得を切ったかと思えば、漫才のノリ突っ込みへ驀進する。しかも、こうした会話上の演出はほぼ完全に計算づくのものだという。アフタートークで質問で確認したところ、中屋敷は役者に自分なりの発声法を固めないように指示したそうだ。

こう書くと、上昇下降を繰り返す会話のグルーヴについていけないのでは?と不安に思う向きもあるかもしれない。だが、極めて音楽的な響きを有するこの作品を、あえて最近の音楽事情を踏まえて考察するなら、こういう演劇が受け入れられる/生まれる土壌は既に出来上がっていると思う。チャートにランクインするようなバンドが変拍子を多用し、Perfumeが「ポリリズム」で実際にポリリズムでお茶の間を席巻し、デートコース・ペンタゴン・ロイヤル・ガーデンのようなバンドがフロアを揺らしたゼロ年代、こうした演劇の登場は必然だった、とは言えないだろうか。

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ここで、先述したような実例の嚆矢として、また本公演を観て連想した音楽家として、今堀恒雄というギタリスト/作曲家の名前を挙げよう。かつて菊地成孔らと組んだティポグラフィカで小節線や拍数を完全に無視した奇矯なリズムを探求していた彼は、現在、ウンベルティポ名義で更にその実験を進化/深化させている(ティポグラフィカの音源はコチラで試聴可能)。そもそも、演奏が技術不足でヨレたりつんのめったりするような感覚を、あえて譜面化して再現するという離れ業に挑んできた今堀だが、グラニュラー・シンセなるサンプラーを導入して以降は、文字通り未踏の境地へ達している。


「(グラニュラー・シンセ)は細分化されたリズムをタイム・ストレッチするもので(中略)これを使うと、リズムもBPMも自由自在に伸び縮みする。1拍ごとにテンポが違い、しかも不思議なグルーヴ感が出てくるんです」(『スタジオ・ボイス』05年1月号)

自在に伸縮するタイム・ストレッチ・グルーヴ。これは本公演において中屋敷が役者の発話において駆使した方法論と相似形を成す、という論の展開は強引だろうか? ともあれ、話がかなり横道に逸れた上、即日アップのためのタイムリミットが迫ってきた。この問題はおそらく快快や『キレなかった…』の公演でも蒸し返したくなると思うので、あえてここで筆を置こう。最後に、本公演は聖書やイエスがモチーフだからといって決して構えて臨むことはない。演劇初体験のB-BOYがふらっと立ち寄っても楽しめる“FUN”な作品だということは、改めて強調しておこう。(2009年3月6日・記)


柿喰う客 JAPAN TOUR 『恋人としては無理』
作・演出:中屋敷法仁
2009年3月5日(木)~3月9日(月)

会場:STスポット(横浜市西区北幸1-11-15 横浜STビルB1)[地図を表示]
※詳細は公式サイト

【他公演スケジュール】
■愛知公演  2009年3月14日(土) 全1ステージ
@ゆめたろうプラザ・輝きホール

■福岡公演  2009年3月22日(日) 全2ステージ
@ぽんプラザホール

■大阪公演  2009年3月25日(水)~29日(日) 全6ステージ
@精華小劇場

■札幌公演  2009年4月3日(金)~4日(土) 全3ステージ
@シアターZOO



土佐有明(とさ・ありあけ)PROFILE

1974年千葉県生まれ。ライター。J-POPからジャズまで音楽関係の仕事をメインに、最近は音楽誌等で演劇についても執筆。過去10年の仕事をまとめ、吉田アミとのポツドール1万字対談を加えた『土佐有明WORKS1999~2008』が発売中。演劇関連の仕事では、今回紹介したポツドールの初公式パンフレットで取材・構成を担当。他には、今発売中の『ミュージック・マガジン』でtoiの劇評を、『マーキー』の演劇連載ではポツドール、快快、珍しいキノコ舞踊団について書いてます。公演情報、その他諸々の御連絡はariake-t@nifty.comまで。

★連載開始にあたってはコチラから

【過去の劇評】
第1回 ポツドール『愛の渦』(2009.2.19)

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