MAD授業風景 撮影:木奥恵三 Photo by: Keizo Kioku
「キュレーション」をキーワードにして、現代アートにアクセスするための新しい場所や方法を創り出してきたAIT。今までの美術館やギャラリーといった枠組みだけでは収まりきらない、複雑さや多様性を帯びてきている現代アートをより深く理解するため、様々なプログラムを企画してきた。AITのこれまでの活動と現在を、塩見有子さん、小澤慶介さん、堀内奈穂子さんに聞いた。
アートを変えよう、違った角度で見てみよう:教育プログラム MAD
「AITは、NPO法人として2002年から活動していますが、その前の1年間、MAD(Making Art Different)という学校だけを、違う名前の任意団体として行っていました」と語るディレクターの塩見有子さん。
── 今もAITの中核となっているMADは「Making Art Different」の略称で、「アートを変えよう、違った角度で見てみよう」という意味が込められている。そのMADのコースディレクターをしているロジャー・マクドナルドさん、小澤慶介さんを含む6人の創立メンバーは、ほとんどが留学経験があり、海外と日本のアートへの関わり方に大きな落差を感じていたという。
小澤:「僕が行っていたのはロンドンですが、そこでは、ギャラリーや美術館、あるいは学校などで形成される美術のフィールドが見えやすく、アートと人とお金がどのように動いているのかがわかりやすかったような気がします。ところが、東京に戻ってきたときには、そういった構造が見えにくかったと思います」
塩見:「例えば、アートに興味を持ったときに、それを学ぶ場所がない。美術大学に入り直すわけにもいかないし、カルチャースクールという訳でもない。そこで、アートについて考え、意見を交わす場を作りたいという目的で、MADを始めたんです」
── MADでは特にキュレーションを中心としたプログラムを行っているが、当時、日本の大学のシステムに、キュレーションを学ぶ場がないとメンバーは感じていた。
小澤:「90年代に、大学でアートマネージメントというコースが増えた時期がありました。これはどちらかというと、プロジェクトの立ち上げや管理運営について学ぶというものです。一方“キュレーション”で求められているものは、もちろんアートマネージメント的な要素もありますが、同時に、表現の同時代性や社会性に目を向けてさまざまな形式で追求するという、総合的なものになります」
── 経済や社会・哲学・文化人類学などの領域を横断しながらアートを捉える試みは、現代アートの「現代性」のありかを明らかにしながら、アートの理解に奥行きを与えることだろう。
4月に2009年度の MADが開講されるにあたり、MADオープンデー(説明会)が2月20日と3月6日に開催される。 2009年度のMADは、国際的なアート界の複雑な構造と社会の関係、そしてそこで起こっている議論に注目する。
アーティストやキュレーターの招聘と派遣:アーティスト・イン・レジデンス・プログラム
── 海外のアーティストが日本国内に一定期間滞在し、活動する拠点を提供するのがアーティスト・イン・レジデンス・プログラム。海外においては、レジデンス・プログラムを行う機関が多数あり、文化行政のプログラムに一般的に組み込まれているのに対し、AITがレジデンス・プログラムを設立した当時、地方には立派な施設があっても、東京には組織立ったものがないという状況だったという。
塩見:「アーティスト・イン・レジデンス・プログラムは2003年から始めているのですが、当時、海外のアーティストから、日本に、特に東京に来たいと言われた時に、なかなか受け皿がないというのが、問題だと思ったのです。海外の美術関係者や大使館の人達から、『これだけ日本人アーティストを受け入れているのに、なぜ東京にはこちらからのアーティストを受け入れる場所がないんだ』との声もあがっていましたし」
── 90年代後半から、地方自治体には、いわゆる箱物行政でいくつかのレジデンス機関ができたが、東京では未整備だったようだ。でも始めるにあたって、地価が高い東京ではどのような方法がとられたのだろうか?
塩見:「東京は生活のスピードが速く、忙しいので、人に会ったり、リサーチをすることを中心とし、じっくりゆっくり作品を作ったりするのは自国に帰ってからの方がいいのではないかと思いました。だから東京では、そんなに大きなスタジオがなくてもレジデンスが成立するのではないかと考えたのです。特にスタジオを提供するということではなく、リサーチの拠点を提供しようと考えたので、わざわざ大きい箱を用意しなくても、アパートがあればレジデンスが出来るのではないかと」
── 現在は海外の財団と提携して大田区と新宿区にアパートを2つ借り上げている。年間を通して、多いときは10人位のアーティストが滞在するそうだ。
同時に、キュレーター・イン・レジデンスも始めており、これは日本人のキュレーターを海外に送り出そうという、いわば海外研修支援ともいえるもの。MADの受講生達が将来描くステップのひとつになっている。
様々な企画を不定期で展開:エキジビジョン・プログラム
── 1年間のコースになっているMADとは別に、不定期で行う展覧会、イベント、シンポジウムなどを行っているエキジビジョン・プログラム。2月21日に開催されるキュレーター・シンポジウム「拡張するキュレーション ― まだ見ぬアートの可能性を探れ!」は、展覧会という形式にこだわらないキュレーションの可能性を探るAITにとって、新しい試みになる。
堀内:「これは、2009年のAITのキュレーター・イン・レジデンス制度で海外へ派遣される花田伸一さんを含めた、インディペンデントで活動している30代のキュレーターが中心となって行うシンポジウムです。例えばこのシンポジウムに参加する遠藤水城さんは、旅をしながらキュレーションをしているんです。フィリピンのマニラに行ったら、そこで知り合いになったアーティストと一緒にアートスペースを立ちあげて展覧会を行っていたり。それはいわゆるフィリピンの国立美術館に飾ってある仰々しい絵よりも、もっと生々しくて非常におもしろい。このような新しいキュレーションをしている人達を招いて、話し合うシンポジウムなんです」
── このイベントはすでに予想以上の反響があり、その関心の高さにメンバー自身も驚いている。また、8月には環境をアートで考えるイベント「環境・術」を、新潟県で開催予定。
これ以外でもAITで通常行われているのが、AITアーティスト・トーク。これは、レジデンス・プログラムで滞在している海外のアーティストとMADの受講生などが、直接交流できる場でもある。
塩見:「レジデンスで滞在しているアーティストに、ちょっと来て話をしていって、と気軽にお願いしています。MADの受講生のなかには、アーティストって一体どんなことを考えているんだろう、と興味を持っている人も多いので、アーティストのナマの声が直接聞けるアーティスト・トークは好評です。またキュレーター・トークもやっていて、特にキュレーション・コースの受講生は、興味を持って参加しています」
── このように、AITの個別のプログラムを意識的に循環させていると同時に、新たなアーティストやキュレーターを常に紹介することによって、MADを修了した人が何度でも参加できる場になっている。
12時間美術館(2006) 北川フラム、毛利嘉孝、小澤慶介によるトーク 撮影:木奥恵三 Photo by: Keizo Kioku
── 過去にシリーズとして続けていた「時間限定美術館」はAIT独自のものだ。
小澤:「美術館はそもそも永遠に残るものとして、近代に生み出された文化的な施設じゃないですか。どんどん作品や知識を蓄積していく場として存在している。でもそれとは全く逆の考え方の美術館があったらおもろいんじゃないかと。例えば一日しか現れなくて、入ったら真っ暗、そして鑑賞者はダラッと寝っころがっていて、至るところで同時並行してパフォーマンスや映像作品の上映が行なわれていたり。順路も作らなければ明るくもなく、かしこまらなくてもいいというところがもともとのアイディアなんです。一回目は廃校になった小学校(旧桜川小学校:現在はマンションが建っている)の体育館でやりました。いわゆる絵画というよりは、ビデオやパフォーマンス、インスタレーションなどで、パフォーマティヴな空間にしました。こういった試みは、当時あまりなく、もうひとつの美術館のあり方を実験的に提案できたと思います」
── 最初はAIT(エイト)にちなんで8時間限定ではじめたものが、12時間、16時間になり、2007年には、「おきなわ時間美術館」を沖縄のNPO法人前島アートセンターと共に、沖縄県那覇市の市場にて10日間にわたって開催した。
小澤:「おきなわ時間美術館は、東京から離れてAITが行った時間限定美術館です。最終的に、おきなわ時間という抽象的な時間概念になったことが面白かった。というのも、沖縄では朝何時から夜何時までって決めても、その時間どおりにはならないんですよ。お昼ごろなんとなく開けて、毎朝2時、3時までやっているんです。最後はお客さんが会場を閉めて帰るんです。朝4時とかに(笑)。その頃、沖縄県立博物館美術館が近くに開館したんですが、そちらよりも、こちらのほうがある意味「沖縄」のリアリティを映し出していたと思いますね」
── 「時間美術館」は、現在は一旦終了しているが、また新たな場所を探して企画を考えている。
16時間美術館(2007) 和田昌宏によるインスタレーション 撮影:ロジャー・マクドナルド Photo by: Roger McDonald
今後の活動
── 今まではHPでの発信以外、特に行ってきていなかったという出版(パブリケーション)だが、今年は本の出版を企画している。
塩見:「2月21日に行われるキュレーター・シンポジウム『拡張するキュレーション ― まだ見ぬアートの可能性を探れ!』は、AITにとって重要な企画になるので、これをベースにして、議論されたことを膨らませた内容を本にしようかと考えています」
メンバーシップ・プログラムについて
塩見:「AITはNPOであるため、その活動は会員によって支えられています。活動に賛同する方が会員となり、AITの活動を支えるメンバーシップ・プログラムを行っています。会員の年会費は活動費に充てられ、その活動から発生すること、例えばAITの行うトークなどが無料になるなど、そういったことで会員の方に還元しています。
このメンバーシップ・プログラムは、我々がNPOだから行っているという理由もあるのですが、もうひとつは、MADの受講生の人達が、MADのコースを修了したあとでもトークに来やすくなるなど、引き続きAITとの繋がりをもっていて欲しいという気持ちもあって、このようなことしています。コース修了後も人々の出会いの場になってほしいですし、MADの授業を受けるだけではなくて、メンバーという形でAITの活動に参加したい、という人達の窓口にもなるのではないかと思っています。メンバーシップ・プログラムは、なるべく多くの人が、AITのイベントに参加できるようにと考えた工夫のひとつです」
左から:塩見有子さん、堀内奈穂子さん、小澤慶介さん、ロジャー・マクドナルドさん
塩見:「AITの全てのイベントにおいて意識的に行っているのは、あまり堅苦しくない雰囲気を作ること。例えば、お茶とお菓子を口にしながら、夜だったらビールを飲みながら。カジュアルにリラックスした雰囲気でやっています。アートに興味のある全ての人が、気軽に立ち寄れる場作りを、これからもしていきたいと考えています」
特定非営利活動法人 アーツイニシアティヴ トウキョウ [AIT/エイト]
〒150-0033 東京都渋谷区猿楽町30-3 ツインビル代官山 A-502
TEL:03-5489-7277 FAX:03-3780-0266
AIT公式サイト
キュレーター・シンポジウム
「拡張するキュレーション ― まだ見ぬアートの可能性を探れ!」
2009年2月21日(土) 11:00開始/16:30終了
スピーカー:遠藤水城(インディペンデント・キュレーター)
住友文彦(AIT)
崔 敬華(インディペンデント・キュレーター)
花田 伸一(キュレーター)
ロジャー・マクドナルド(AIT)
モデレーター:小澤慶介(AIT)
会場: ヒルサイドプラザ[地図を表示]
(東京都渋谷区猿楽町29-10)
定員: 100人
料金:無料/要予約
主催: NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]
★予約方法
件名を「キュレーター・シンポジウム参加希望とし、氏名、電話番号を記載したメールをoffice@a-i-t.net までお送り下さい。折り返し予約確認のメールを差し上げます。
MAD(Making Art Different=アートを変えよう、アートを違った角度で見てみよう)
2009年度「MADオープンデー(説明会)」開催のお知らせ
2009年2月20日(金)・3月6日(金)19:00開始/20:30終了
※内容は各日共同じ
会場: アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト] AITルーム[地図を表示]
(渋谷区猿楽町代官山30-3 ツインビル代官山 A502)
対象コース:全コース
定員:40名 参加無料
申込締切:参加希望日前日 ※定員になり次第締め切ります。
★予約方法
参加希望日の前日までに件名を「○月○日のオープンデー参加希望」とし、住所、氏名、電話番号、興味のあるコース名を記載したメールをoffice@a-i-t.net までお送り下さい。折り返し予約確認のメールを差し上げます。