骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2009-02-13 17:16


「低予算でいいから一生に一度はこんな映画をつくってみたい」黒沢清×わたなべりんたろう『サーチャーズ2.0』トークイベントvol.2

トップスターのギャラからイーストウッドの撮影舞台裏まで、『サーチャーズ2.0』で読み解く映画業界の“裏”!
「低予算でいいから一生に一度はこんな映画をつくってみたい」黒沢清×わたなべりんたろう『サーチャーズ2.0』トークイベントvol.2
黒沢清監督

現在アップリンクで公開中のアレックス・コックス監督最新作『サーチャーズ2.0』。1月30日に公開記念トークショーが開催され、ゲストに映画監督の黒沢清さん、ライターのわたなべりんたろうさんを迎え、「『サーチャーズ2.0』で読み解く映画業界の“裏”」と題してトークが繰り広げられた。


※一部ネタバレとなる箇所がありますのでお気をつけください

『トウキョウソナタ』はタランティーノの『デス・プルーフinグラインドハウス』に影響を受けた!?

わたなべりんたろう

わたなべりんたろう(以下、わたなべ):黒沢さんが『サーチャーズ2.0』に寄せたコメントで、「この映画、たぶんわからない人には全然わからないだろう。ちなみに、私はよーくわかった。ちょっと誇らしかった。まさに、映画の映画による映画のための映画だ!」と書かれています。何がわかったのか、ということを皆さん知りたいと思うのでまずはそのお話から始めましょう。で、今日のテーマは「『サーチャーズ2.0』で読み解く映画業界の“裏”」。

写真:ライターのわたなべりんたろうさん

黒沢清(以下、黒沢):僕のコメントを読んで、何か思った方がいるとしたら、これはなんの深い考えもなく書いていますので(笑)。こんなことを書いたらお客さんが来るかな~って、配給会社の方が便利に使えるように書いたので、あまり裏に深いものがあるわけじゃないんです。僕は時々頼まれて映画のコメントを書くことがあるんですけど、ほぼすべてそうです(笑)。

わたなべ:そんなに赤裸々にしていいんですか(笑)?

サーチャーズ2.0コメント
『サーチャーズ2.0』のコメントチラシ (c)2007 COWBOY OUTFIT, LLC PRODUCTION

黒沢:いいです。全然つまんない作品はさすがに書かないですけど。面白かった映画は、正直に面白かったと書くよりも、とにかく観に来てほしいなっていうので、「え!それなんなんだろう。観たいな」と興味を持たせるようなコメントを書いているんです。
この映画の中には、過去の映画の固有名詞や人の名前、本物もあればつくったものもあるでしょう。『サーチャーズ2.0』という題名からして過去の映画を真似ているとか。どんな映画でもなにかの映画の真似になっている場合があるんですけど、それを堂々と「みんないくつわかったかな?」っていう、全体が映画クイズになっている。アレックス・コックスですから、復讐しに行って派手に撃ち合うのかと思ったら、最後はほんとにクイズ合戦をするといういさぎよい映画で。これを「わー!楽しい」と思うか、「さっぱりわかんない」と思うかで大きく人間は二つに分かれるなと思いました。僕は楽しみましたね。

わたなべ:控え室で話したときは黒沢さんはアレックス・コックスがこういう映画をつくったのが羨ましい、開き直ってると言われていましたが。

黒沢:僕も今まで学生時代の8ミリ映画も含めて何本も映画をつくってきて、かなり昔のものは露骨に好きな映画を真似したこともあるんですけど、ここまで徹底してやったことはありません。普段から映画好きで人と映画の話はよくしますが、映画をつくっているときはどんなに低予算の気軽なものであっても、ただ目の前の自分の映画だけに真剣にならざるを得ないんですよ。自分の映画をつくっているときだけは、自分の映画以外の映画はなるべく考えないようにしていて。

わたなべ:黒沢さんの現場では映画の話はタブーなんですよね。

黒沢:そうですね。他の人の映画の話は基本的にはしてはいけないという雰囲気でつくっています。時々モラルをわきまえていない若者がいて、ホラー映画を撮っていて「どうやってこのカット撮ろうかなぁ」と話していると、助監督のフォースぐらいの人が寄ってきて、「黒沢さん、ゴダールの新作観ました?」とかって。「お前ここで言うんじゃないよ!いま俺が何をやっているかわかるだろう(笑)」と。たまにそういう人がいると、冷たい目で見られますね。

わたなべ:ジョン・カーペンターは映画の脚本を書いているときと撮影のときは、絶対人の映画は観ないと発言していますね。

黒沢:それはよくわかります。僕も脚本を書いているときから観ないようにしてます。それでも苦し紛れに、参考になるかと思って観てしまったり、どうしてもそのときに観たくなったものを観にいくと露骨に影響受けてしまいます。後でみるとそこだけ浮いてしまったように、観たものに影響受けてるなっていうのがわかりますね。

わたなべ:ピーター・ジャクソンは撮影中に映画を観るタイプの監督で、撮影中に気持ちが沈んできたら大好きな映画を観て「オレは映画が好きだったんだ!」との気持ちを再確認するそうです。「ロード・オブ・ザ・リング」の撮影の終盤で疲れきったときには、「グッドフェローズ」などを見直したそうです。
昨年公開された黒沢さんの『トウキョウソナタ』はビックリするような映画でしたね。何か影響を受けている作品はあるのでしょうか?

黒沢:『トウキョウソナタ』は一昨年の12月に撮ったんですけど、準備している10月くらいに、よせばいいのにクエンティン・タランティーノの『デス・プルーフinグラインドハウス』を観にいったんです。誰にもわからないと思いますけど、『トウキョウソナタ』のいくつかのカットは『デス・プルーフ~』そっくりっていう。どうやって『デス・プルーフ~』でなくせるか苦労したくらいで。カメラマンにも「デス・プルーフやりたいです。他の人には絶対言わないでください」って言ったんですよ。で、カメラマンもこっそり『デス・プルーフ~』を観にいって、「わかりました。秘密にしときます」って(笑)。いくつかのシーンはやってるんですよね。

わたなべ:これも控え室で話しましたが、その影響を受けているシーンは、香川さんが車に轢かれて跳ねとばされるシーンかと思ったら、そこではないそうですね。でも、その『デス・プルーフinグラインドハウス』と『トウキョウソナタ』の件の情報は流れてないですよね。

黒沢:ないですね。分かった人がいたら、こうやってコメントで、「私には分かった」と(笑)。っていうぐらい僕は影響も受けちゃうし、それに対してどこか臆病なんですけど、こうやってヌケヌケと「自分はこういう映画が好きだ、あなたはこの名前を知っているか」みたいなのを次々と出していくことが出来るつくり方は、はっきりいって羨ましいですね。

わたなべ:こういうつくり方はタランティーノ以降に出てきましたよね。

黒沢:以降っていうか、僕の知る限り、映画史上こういうことをやってる人はたまにいるんですけど、現役で今ここまであからさまに、この映画が好きだというので映画をつくれている人っておそらくアレックス・コックスとタランティーノと篠崎誠ぐらいじゃないかなと。この三人以外は思いつかないですね。

世界基準からみると日本のトップスターのギャラは格安

わたなべ:黒沢さんは、先日出た「09年の展望」のような特集の『AERA』で現在日本映画は不況で、変なビジネス的な面が壊れてすごく良くなるんじゃないかと書かれていましたね。ただ、救われるのは、スタッフも俳優も映画が好きでやっている人たちがいっぱいいる、ということでしたが。

サーチャーズ2.0トークイベント

黒沢:それはそうですね。映画の製作現場にいると実感しますね。映画が好きっていうのは、マニアックにいろんな名前を知ってるとか、ただ闇雲にたくさん映画を観ているということとは少し違っていて、スタッフも俳優も自分が携わっているものが何かかけがえのない、芸術や文化だといった誇らしいものなんだという意識に支えられている。だからほんとうに安い賃金で、皆さん労を惜しまず働いてくれる。お金儲けというのはほとんど考えていない。

わたなべ:先日、山田太一さんがインタビューで同じこと言っていました。助監督などのスタッフはほんとに安い賃金でやっていて、この人たちがもっと救われるようにしなければならないと。こちらも助監督の経験がありますが、まさにそうですよね、システムとして成立しないところがあるので。


黒沢:スタッフはもちろんですけど、特に俳優が安いですよね。世界基準からみると、日本のトップスターのギャラはかなり安い。あまり迂闊なことをいうのもなんですけど、伝え聞くところによると、たとえば韓国のスターはギャラがすごく高いらしい。実際いくら払われているのかは知りませんけど、噂でトップスターになると映画1本のギャラが2億円とか。

わたなべ:全体の何パーセントくらいあるんですかね。

黒沢:一方でスタッフはすごく安いらしい。売れっ子の監督だったらすごいたくさんギャラをとるんでしょうね。だから、日本より全然制作費が高いんですよ。日本のトップスターは作品にもよりますけど、大体10分の1ですよね。もっと低いかもしれない。映画で高いギャラをもってくのは日本では成立しませんよ。僕がつくっている映画の制作費は、全体で1億円、あって1億5千万円ですから。僕らは安くていいんですけど、有名スターは世界基準でみると格段に低い額で出演してくれるっていう。

わたなべ:二次使用料もほとんどないんですよね。

黒沢:監督と脚本にはわずかにありますが、俳優とスタッフにはありません。あんまりお金に執着のない人が多いんでしょう。お金をほしければ、たぶん映画ではない別のことやっていた方がいいのかもしれませんね。

わたなべ:一昨年、アメリカの脚本家組合がストをしたのはネットでの映像放送の著作権料を払えとの闘いでした。映画界では日本は特に脚本家の地位がものすごく低いんですね。

黒沢:地位ねぇ…映画そのものの地位がどうなのかって言われますからね。

わたなべ:ほとんど暗い話になっていますね(笑)。

黒沢:『サーチャーズ2.0』に出てきたように、脚本家が撮影現場であんな苛め方をするのは海外ではそうはないと思いますね。

わたなべ:ないですよね。黒沢さんはないですか?

黒沢:脚本家がどうこうっていうのはないですね。一説によると、有名な映画『リング』の撮影のときは、脚本家の高橋洋さんが中田秀夫監督の肩をポンポンと叩いて、「違う」と言ってたという噂を聞きますけどね(笑)。暴力的に俳優をどうこうするのではなく、監督を苛めるという。監督にとったら脚本家って、時にはやっかいな相手になる場合もあるんですけど。俳優にとってはあんまりないかもしれないですね。

「俺はこういうのが好きだー!悪いかよ」っていう映画を一度はつくってみたい

わたなべ:黒沢さんは予算がない故に、それを逆手にとったストーリーテリングや撮影方法を考えたことがあると思います。ある時期にVシネマを含めてたくさん作品を撮ったりして映画業界で地歩を固めたり、プロデューサーとの関係性を作ったりしたと控え室で言ってましたよね。

黒沢:予算がないっていうのは考えようなんですよね。いくらだったらあるとするのかとか、そういう金銭感覚は微妙なんですけど、僕がつくっている映画の1億円とかって大金ですよね。それでも金が足りないといってますが、1億円もあればね、映画ぐらい出来るよっていう金銭感覚でいます。10万円でも出来ますし。そこにあるものを撮るんですから、すごいお金のかかるものをもってくればかかりますが、かからないでもいいとなればタダ同然のものを撮ればいいだけで。撮るために最低限の機材とかありますけど、今はそんなにかからないし。『サーチャーズ2.0』も制作費が2000万円なんですよね。

わたなべ:次回のアレックス・コックスの新作『レポチック』も2000万円だそうです。

黒沢:すごいですよね。いくら少人数で期間が少ないといっても最低限の、ギャラもいくらかわからないですけど、2000万円といってもタダ同然みたいなもので、必要経費でほぼ飛ぶんじゃないかと思いますね。

わたなべ:逆算して撮ってると思うんですね。

黒沢:当然そうせざるを得ないし。逆にモニュメントバレーに行けるのは、日本だと羨ましいですよね。アメリカだったら安くつきますから。

サーチャーズ2.0撮影風景
モニュメントバレーでの『サーチャーズ2.0』撮影風景 (c)2007 COWBOY OUTFIT, LLC PRODUCTION

わたなべ:空撮のシーンは実は有り物なんですよね。アレックスの友人がゲーム用につくっていたのがあって、格安で買ったみたいです。そこは2000万に収めるテクニックでしょうね。あと、黒沢さんがよく引用する、『ジョーズ』とかもメイキングを観るとスピルバーグがすごい悩んでいるじゃないですか。お金とプロデューサーと。そういう葛藤から生まれた撮影方法なんですよね。

黒沢:アメリカはアメリカで、お金をどれだけ節約するか専門家が考えているんでしょうね。『サーチャーズ2.0』のプロデューサー、ロジャー・コーマンが15年前くらいに東京国際映画祭にやってきて僕はトークショーをみたことがあって。初期にロジャーがプロデュースした映画で、3日くらいで撮影したっていうのがあって、誰かが「監督が撮影をねばってどんどん日にちが経ってお金がかかっちゃったら、プロデューサーってどうすればいいんですか?」って質問したんですよ。

わたなべ:「私はいかにハリウッドで100本の映画をつくり、しかも10セントも損をしなかったか」の著作のあるロジャー・コーマンに、その質問をするとはすごい大胆ですね(笑)。

黒沢:ロジャー・コーマンは即答してましたね、「そんな監督は選ばない」と(笑)。今までそんなことは一切なかったと。それはそうなんですよ。トラブルがあれば仕方ないというのはあるんですけど。僕もそうなんですけど、この期間でこのお金でやれって言われて、やりますといったらそれはやるんですよ。ちょっと前ですけど、僕の『叫(さけび)』という映画に出演した俳優の伊原剛志さんが、この映画の直後にクリント・イーストウッドの『硫黄島』に出たんです。そのあと、「どうでした?」って聞いたら、伊原さんが「黒沢さんの撮影現場はものすごく早いと思ったけど、イーストウッドはその倍早かった」と。しかも伊原さんの撮影はたったの2日間で終わったと。

わたなべ:あんなに出演されていたのに。先日、アンジェリーナ・ジョリーの記者会見に行きましたが、アンジェリーナ・ジョリーも『チェンジリング』がワンテイクで撮影がどんどん進んでいくので、始めはとてもショックだったそうです。でも、それだけ撮影に集中することになるし、イーストウッドは俳優出身で俳優の気持ちをとても分かってくれるので、今までで一番やりやすかった現場だったそうです。

黒沢:「用意スタート」とか言わないらしいですね。「よかったらいつでもやって」と見てるだけで。

わたなべ:黒沢さんにとって、やはりイーストウッドは刺激を受ける作家なんですか?

黒沢:それはそうですね。最新作『チェンジリング』はすさまじい映画で、大傑作でした。わかりきったことですけど、やはりすごかったですね。

わたなべ:黒沢さんがやってみたい展開になっていますよね。最後の30分で、通常の映画が踏み込まない了解までやっている。「ああ、イーストウッドはこれがやりたかったんだな」というのが分かりました。

黒沢:ただ、何の映画だって言えないですよね。ストーリーに添って映像を並べるって、このことなのかって。イーストウッドはある時期からそういう方向になってますけど。じゃあわかり易い映画かって言うと、見終わった印象は何が起こったのかほとんどわからない。ただものすごいものに付き合ってしまったという感想だけが残るって感じですよね。

わたなべ:全然まとまらないうちに、そろそろ時間がきましたね(笑)。

黒沢:これでいいんですかね。『サーチャーズ2.0』だからいいのか、こういうことで(笑)。一生に一回くらいこんな映画を撮ってみたいですね。

わたなべ:予算2000万円で。

黒沢:2000万円でもいいです。「俺はこういうのが好きだー!悪いかよ」っていう映画を一度はつくってみたいと昔から思ってるんですけど、なかなか難しいですね。


■黒沢清PROFILE

1955年兵庫県生まれ。立教大学在学中より8mm映画を撮り始め『しがらみ学園』で1980年度ぴあフィルム・フェスティバルの入賞を果たす。大学卒業後の83年に『神田川淫乱戦争』で劇映画監督デビュー。97年に『CURE』を発表し、その後も『大いなる幻影』(99年)、『カリスマ』(00年)、『アカルイミライ』(03年)などを立て続けに発表し、08年公開の『トウキョウソナタ』で第61回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門・審査員賞を受賞した。

■わたなべりんたろうPROFILE

映画・音楽ライター。「映画『Hot Fuzz』の劇場公開を求める会」主催
http://intro.ne.jp/contents/hotfuzz.html
http://d.hatena.ne.jp/HotFuzz/


『サーチャーズ2.0』
アップリンクにて絶賛公開中

監督・脚本・編集:アレックス・コックス
エグゼクティブ・プロデューサー:ロジャー・コーマン
出演:デル・ザモーラ、エド・パンシューロ、ジャクリン・ジョネット、サイ・リチャードソン、ザン・マクラ―ノン
2007年/アメリカ/96分
提供:JVCエンタテインメント 配給・宣伝:アップリンク

公式サイト



関連商品販売中

映画の中で脚本家フリッツ・フロビシャーがモニュメント・バレーで自ら売っていたフリッツ・フロビシャーTシャツ(グリーンブラックグレー)と『サーチャーズ2.0』パンフレットを販売中。

→ご購入はコチラ

searcerstsyatu.jpg

レビュー(0)


コメント(0)