昨年めでたく復刊なったソウル・ミュージックのガイド本『魂(ソウル)のゆくえ』(ピーター・バラカン著)にちなんで、ソウルの歴史的名演の数々を紹介し大好評だった『ピーター・バラカンの出前ジュークボックス』。そのVol.2がアップリンク・ファクトリーにて開催された。
同書の版元アルテスパブリッシングが企画しているこのイベントは、ピーター・バラカンさんのおなじみの声と、音楽に関することすべてに話が広がってゆく、音楽マニアにはたまらないDJ体験イベントだ。
Vol.2の前半は「アイルランドの伝統音楽特集」というテーマで、12月に刊行されたばかりの『聴いて学ぶアイルランド音楽』の訳者おおしまゆたかさん(翻訳家・アイリッシュ・ミュージック研究家)をゲストに迎えて、アイルランドの伝統音楽の映像を紹介。アイルランド独特の文化、そこから生まれる特徴あるリズムと音階、代表的なミュージシャンについて、各楽器の紹介やテクニックとその伝承方法など、バラカンさんも唸るような映像とおおしまさんの解説で、客席からも拍手が起こるほど盛り上がった。後半には前回同様、最近の新譜からバラカンさん選りすぐりの愛聴盤が厳選して紹介された。
webDICEでは『ピーター・バラカンの出前ジュークボックスVol.2』の後半部分を再現してみました。お楽しみください。
まずクイズです。これを聞いて誰が演奏しているのか考えてください。誰かわかる人いますか?
John Scofield 「That's Enough」『Piety Street』
(ユニバーサル・ミュージックから2月25日に発売予定)
John Scofieldの新しいアルバムから 「That's Enough」という曲です。良くできたアルバム名で'Piety'というのは宗教心といった意味なんですが、ニューオーリンズのフレンチ・クウォータにある通りの名前でもあるんです。つまりこれはゴスペル・アルバムでもありニューオーリンズ音楽でもあるという意味なんですね。ギターはJohn ScofieldでピアノとヴォーカルはJon Cleary。Jonはニューオーリンズに長く住んでいるイギリス人のピアニストです。歌手としても素晴らしいアーティストで去年日本に来ました。見た方いらっしゃいますか? 一人だけ? 寂しい~! 去年の僕のベスト・コンサートなんです。この二人は、現在回っているヨーロッパでのツアーが好評で、一緒に来日するかもしれないという話もあります。。ぜひ見逃さないようにしてください。
次に紹介するのは、このJohn Scofieldのアルバムにも関わったという、地元ニューオリンズでローカルな活動をしている黒人の歌手John Boutteす。
この曲を聴いてびっくりしたんですけど、Bob Dylanの「To Ramona」という曲にメロディがそっくりなんです。クレジットでは一応本人の作曲ということになっています(笑)。かなり昔からニューオーリンズを中心に活動しているミュージシャンで、アルバムは自主制作に近い小さなレーベルから出しています。日本では鎌倉にあるバッファローレコードが輸入盤として扱っています。
そのバッファローレコードを経営している方と知り合ったばかりの頃、「コンサートの興行をやってみたいのだけど、誰かいいミュージシャンはいないか?」と聞かれて、そのとき提案したのが次に紹介するKelly Joe Phelpsというオレゴン州のギタリストです。スライドギターがすごく上手なギタリストで歌も歌います。来日公演は実現して、コンサートもとても好評でしたが、なんと今度また4月にバッファローレコードが呼ぶことになったんです。すごく独特の雰囲気をもったミュージシャンでギターファンだったらすごく喜ぶと思います。今はスライドギターがメインではなくフィンガーピッキング中心ですが、それもまたメチャクチャ上手くて素晴らしい。2年前に出したアルバムは実に名盤でした。すごく変わった詩的な歌詞を書く人ですけど、歌詞を聞いていなければまるでトラディショナルなフォーク・ミュージックのように聞こえます。その彼が今度は全部インストルメンタルのちょっと変わったレコードを作りました。それがこの『Western Bell』です。
Kelly Joe Phelps 「Sovereign Wyoming」『Western Bell』
(3月7日にバッファロー・レコードより発売予定)
久々にスライドで弾いている曲もあるんですが、全曲にこういうちょっと不思議な不協和音が突然出てきたりするから、純粋なフォークミュージックが好きな人はちょっと違和感をもつかもしれません。僕も一回目に聞いたときは、変わったことやるなと思ったんだけど、3、4回聞いているとだんだん慣れてくるからおもしろいですね。そういう音楽が好きな方(笑)だったらということで。
もう一人、同じくバッファローレコードからアルバムが出ていて来日もするアーティストがいます。Ruthie Fosterという女性のシンガー・ソングライターです。テクサス出身の黒人の女性なんですけど、ギターも弾いて歌を歌います。彼女の資料を読んでいて驚いたのですが、コンサート会場で売る出演者CDの最多売上記録を持っているそうです。カナダのフェスティバルで当日に1000枚売ったというんですからびっくりです。そのRuthie Fosterの「Truth!」という曲です。
Ruthie Foster 「Truth!「『The Truth According to Ruthie Foster』
(Blue Corn Music, 2009, バッファロー・レコードより日本盤発売中)
アルバムには様々なタイプの曲が入っていますが、あえてロックっぽい曲を選んでみました。カントリーの曲もやっています。声を聞くとわかりますが彼女のルーツはゴスペルやソウルなんですよね。バンドなのか一人なのかわかりませんが、3月に来日する予定です。
次に聞いてもらうのは同じような音楽をやっている女性で年齢もおそらく近いと思いますが、今度は白人です。Susan Tedeschi 「Revolutionize Your Soul」『Back To The River』
(Verve Forecast, 2008)
このアルバム、国内盤は出ません。もし出るとしたらタイトルは『レボリューショナイズ・ユア・ソウル』という表記になると思います。でも彼女の歌を聴くと《レヴォルーショナイズ・ヨア・ソウル》という発音してます。今回僕が出した本にも書きましたが(笑)、僕は35年間日本の間違ったカタカナ表記にプッツン寸前、いや時々プッツンしています。日本から一歩でも外に出るとカタカナ発音ではまったく通じませんからね。このことについてぜひ皆さんに知って欲しいんです。日本人は少なくとも中学と高校で6年間英語を習っていますよね。コミュニケイションを取るためのはずなんだけど(苦笑)、せっかくだからそのカタカナ発音を直しましょう。ということでぜひ手にとってみてください。「マネー」と発音しても印象派の画家としか思われませんから(笑)。
『猿はマンキ、お金はマニ 日本人のための英語発音ルール』
ピーター・バラカン著
Susan Tedeschi と来ればその夫を紹介しないわけにはいきません。次はDerek Trucks Bandです。アメリカでは発売されていて、日本盤はこれからですが、良いボーナストラックが2曲入っていて、しかも僕の解説が付いていますので、国内盤を待っていただいてもいいかと思います(笑)。
Derek Trucks Band 「Days Is Almost Gone」『Already Free』
(Victor, 2009, 2月18日にソニー・ミュージックジャパンインターナショナルより日本盤発売)
発売されたら皆さんの耳にタコが出来るほど僕の番組でオンエアすることになると思います。お付き合いください。
だんだん時間がなくなってきましたがまたクイズの時間です。これはなんでしょう? (客席から「梅津和時!」)梅津和時 「津軽海峡冬景色」『梅津和時、演歌を吹く。』
(ダウトミュージック, 2008)
これは梅津和時の『梅津和時、演歌を吹く。』から「津軽海峡冬景色」。英語表記では『plays the ENKA』となっています。すごく面白いです、これは! 日本の演歌もあり、韓国のものもあり、また楽器もソプラノ・サックス、アルト・サックス、クラリネット、ベイス・クラリネットを使い分けています。1曲1本の楽器を独奏していて、ストレイトにメロディを吹いているものもあれば、まるでフリージャズのようになっている曲もあります。あるいはすべてのスタイルをひとつの曲に盛り込んだりもしています。昔、アメリカの黒人サックス奏者サム・テイラーが日本の歌謡曲をセッションで吹いていた時代があったのを思い出しました。ヴィブラートをめいっぱいつけて吹いたりしていて、その辺もすごくおもしろいと思います。すごく小さいレイベル、ダウト・ミュージックから出ています。梅津和時さんは今年で60歳だそうですね。
もうひとりサックス奏者を続けて聞いていただきます。
すでに新聞などでご覧になった方もいらっしゃるかもしれませんが、David "Fathead" Newmanが1月20日に亡くなりました。享年75。レイ・チャールズのバンドが一番良い時のメンバーで、レイが有名になる頃からバンドの重鎮という感じでプレイしていました。今日は彼の最初のソロ・アルバム(だったと思います)『House Of David: The David "Fathead" Newman Anthology』から「Willow Weep For Me」を。レイ・チャールズがプロデュースしてピアノも弾いています。
David "Fathead" Newman「Willow Weep For Me」『House Of David: The David "Fathead" Newman Anthology』
(Rhino, 1993)
おおしまさんの2008年度年間ベストアルバムのリストを頂いたんですが、僕のリストと2枚重なっていました。ひとつは『ATLANTIC SESSIONS 3』という、アメリカのカントリーやブルーグラス系のミュージシャンと、アイルランドやスコットランドのミュージシャンが一同に会して、スコットランドの家で10日ほどやったセッションのDVDです。TVで放送された30分ものの6回シリーズのためのものでした。ほんとに素晴らしい! コンサート会場でおおしまさんと隣り合わせた時にiPodで見せてもらったんですが、数分見ただけで息を飲んだほどすばらしい作品です。
もうひとつ共通していたのがTaksim Trioというトルコのジプシーのミュージシャンです。クラリネットとバグラムとカヌーンの3人の演奏です。バンド名のタキシムという言葉はトルコ音楽では即興演奏のことですが、彼らは即興だけではなく、古典的なフレーズも使ったりしています。アルバムでは各パートのソロもありますが、基本的には3人のアンサンブルが中心になっていて、とにかく美しいの一言、感激しました。
Taksim Trio 「Gule Yel Degdi」『Taksim Trio』
(doublemoon, 2008, ミュージック・キャンプより2月8日に日本盤発売予定)
最後におおしまゆたかさんのiPodの曲から1曲ご紹介して今日の『出前ジュークボックスVol.2』を終わりにしたいと思います。
おおしまゆたか:ちょっと変わったシチュエーションなんですが、マーシャン&モリアンバーダというイランの姉妹シンガーの曲です。アルバムはノルウェーのレーベルから出ていて、バックの演奏は西欧の連中がやっています。録音はテヘラン。僕の今年のベストテン・クラスだと思っています。「ミナ」という曲です。
僕も欲しいな。さっそく探します。
ピーター・バラカン / Peter Barakan
1951年ロンドン生まれ。
ロンドン大学日本語学科を卒業後、1974年に音楽出版社の著作権業務に就くため来日。
現在フリーのブロードキャスターとして活動、「CBSドキュメント」(TBSテレビ)、「ビギン・ジャパノロジー」(NHK総合テレビ)、「ウィークエンド・サンシャイン」(NHK-FM)、「バラカン・ビート」(OTONaMazuインターネットラジオ)などを担当。著書に『魂(ソウル)のゆくえ』(アルテスパブリッシング)、『ロックの英詞を読む』(集英社インターナショナル)、『ぼくが愛するロック名盤240』(講談社+α文庫)などがある。
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『ピーター・バラカンの出前ジュークボックスVol.3』 4月開催予定