ダンス、映像、音楽、ファッション、照明、各分野で活躍するアーティストからなるディレクター集団であり、コンテンポラリーダンス界やアート界から注目を集めるパフォーミング・アーツ・カンパニー「ニブロール」。11月19日より横浜創造界隈ZAIMではじまる新作公演『スモール・アイランド』は、メンバーそれぞれが担当する表現メディアごとに制作・展示する5つの小部屋を舞台にした新しいタイプの上演である。1997年に結成されてから10年余、舞台作品を中心としながらジャンルを固定しない横断的なスタイルのニブロールが新たに挑戦する『スモール・アイランド』とは。ニブロール主宰の矢内原美邦さんに話を訊いた。
メンバーそれぞれが映像とは違う身体の面白さを見つけた
── 97年にニブロールを結成された経緯を教えてください。
その頃、東京映像という専門学校に通っていて自主映画を撮ろうとしてたんです。ちょうど当時はMacの価格が下がって手に入りやすくなり、ビデオのHi8がデジタルビデオに切り替わる年で。私たちが入学したときの始め2ヶ月くらいはモノクロで撮っていたんですけど、それが急にカラーファインダーに変わり8㎜からDVに移っていったんです。でも、底辺に機材が行き渡るまでに、やっぱり時間がかかるんですよね(笑)。自主映画もまだ16mmで撮らないといけないという風潮があって。で、16mmで撮るにはお金がかかるということから、舞台をやろうという話になりまして(笑)。それでニブロールを立ち上げました。
各役割はじゃんけんで決めていったんです(笑)。当時からCGなどの映像をつくるのは現メンバーの高橋(啓祐)が一番上手かったので、映像は高橋でということになって、他の人はじゃんけんで(笑)。音楽つくったことがないけど、MAC買うからつくれるようになるかなっていうノリで(笑)。始めた頃はめちゃくちゃでしたね。
── もちろん舞台の経験はないですよね?
知識はまったくなかったです。私はダンスをずっとやってきたので、ダンス作品をつくっていましたね。舞台の本番は映画と違って前に進みにくいというか、リハーサルを一回やってから本番があるっていうのが普通なんです。なのに、そのゲネプロの時間は弁当食べる時間だってみんな思ってたみたいで(笑)。違う違う、弁当食べることじゃないよって。そこから説明しなきやいけないの?という感じで始まりました。だから、ほんとにめちゃくちゃでしたね。公演も3日間の予定だったんですけど、初日が間に合わなくて2日間になってしまったり。初日のお客さんには明日来てくださいと言って。今考えるとあり得ないですけどね。
『no direction。』(2006年)パナソニックセンター東京 有明スタジオ photo: someido
── そんなめちゃくちゃな経験から始まったニブロールが、いまに続いていくと。
ええ。一回目があまりにもひどかったので、これで終わるのはどうなんだろうっていう感覚にとらわれたんですよね。こんなんで終わっちゃいけないと思って。そうしたら、翌年に助成金をいただいてフランスで公演するチャンスをもらったんです。ラッキーでしたね。
それまでメンバーみんなは、身体活動や身体自体に興味がなかったんですけど、一ヶ月間ダンスをやっていく中で違う面白さを見つけたんです。毎日変わる感じ、というか。映像だと一回撮ってしまうとそれが半永久的に続く。それが映像の面白いところなんですけど、ダンスはそれと違って、一回一回全然違うものができるっていうのが面白かったみたいで。「じゃあやろう」というのが、ずっと続くようになっていったんです。
── 舞台はライブみたいな感じですよね。
いわゆるバンド活動みたいなノリで、みんなで始めましたね。
── 11年と長い間続けてこられるなかで、途中でめげたりとかはなかったですか?
それはもう何度もありますよ(笑)。やめようと思って、2005年に一旦活動を休止したんですよね。それで、「ミクニヤナイハラプロジェクト」というソロ活動で演劇の世界にも挑戦しています。でも、メンバーがおじさんのバンド活動みたいに、それはそれでなくなっちゃうと寂しいみたいで「やろうよ」みたいな感じになってきて。05~06年の1年間休止した後に、もう一回やりましょうと。
── 矢内原さんは演劇では何を手がけているんですか?
戯曲を書いています。昨年、『青ノ鳥』という作品で岸田國士戯曲賞の最終候補にあがりまして、ようやく演劇をやってるんだと認識されるようになりました。ダンスでも出演しますけど、役者はやらないですね。台詞を言うのが嫌で(笑)。私が書いた戯曲は台詞が多くて、自分ではまったく覚えられないんです。ダンスは10代からやっているので、振りはなんとなく覚えられるんですけど、やっぱり急に役者ってできないんだと思って。まったく台詞が覚えられないので、絶対一生しないと思いました(笑)。
写真:『Dry Flower』(2004年)新宿パークタワーホール
── 各分野で活躍するアーティストからなる形態のダンス・カンパニーは、他にはあまり見ないような気がするのですが。
ダムタイプが同じような形態ですが、近年その後に続くダンス・カンパニーがなかったんですね。映像を使うことが、ダンス界にしてはちょっと新しかったみたいです。でも、ニブロールははちゃめちゃなんですよね。ノイズみたいな感じで、かっこよくないんです(笑)。音楽も身体にあわせた音楽ではなくて、自分たちでやりたい音楽ばっかりとか。ディレクターがやりたいことをやるので、譲り合い精神がまったくないんですよ。「ここはダンスをやっているから映像いらないんだけど」と言っても、映像ディレクターが「このためにつくったんだから」って、全然譲りあわなくて。
始まった当初は、ほんとに何をやっているのかわからない、情報量が多すぎるって周りからよく言われていたんです。こっちで踊っているのに、ここでも踊っていて、あそこでも踊っていて、しかも映像もあるしってなってきて、わーってなっちゃってるんですよ。でも、ゲームをやったりテレビをずっと見て育っている若い世代は情報処理能力が速いので、そういう人たちには昔から評判がよかったですね。
で、ちょっと大人になってきて、最近は譲り合うようになってきました(笑)。そうしたら、またそれはそれで、まともな作品をつくろうとしてるって叩かれたりするんですけど(笑)。
自分たちのやりたいことを時代に合わせてやっていきたい
── 新作公演『スモール・アイランド』を横浜のZAIMですることになったのはなぜですか?
もともとニブロールは横浜で活動しているのですが、今年の横浜トリエンナーレにちっとも呼ばれなかったんですよ(笑)。それで、ZAIMが横浜トリエンナーレの応援企画で何かをやりたいというので、「じゃあやろうぜ!」という感じになって。
私と高橋は写真やインスタレーションなどを手がけるユニット「Off Nibroll」というのをやっていまして、BankART1929や六本木クロッシング、上海ビエンナーレなどいろいろなところに出させてもらっているので、展示をやることにしたんです。
大々的に舞台でやりたくない、というか、当初の考えではダンスはもっと楽になる予定だったんですよ。展示があって、ちょこちょこってダンスを踊ればいいと思っていたつもりで始まったんですけど、蓋をあけてみると、結局ひとつの展示にダンスを30分ずつ作ることになっていて。たとえば、衣装の展示室に30分、照明の部屋に30分、映像や音楽を使ってとか。それで、なおかつ大部屋でもうひとつ50分くらいの作品をやるんです。「それおかしくない?」っていう話になって、気がついたら罠にはめられていたという(笑)。
── それぞれの部屋で踊るんですか?
そうです。小部屋ではお客さんが歩きながら観えるように、大きい部屋では座って観れるように。芸術を展示しているものと身体の関係性をざっくばらんにやりましょう、と。大きい部屋にもわざと空間を区切り、天井から布を下げて、その布の中に人が入っていたりします。幅も高さもない狭い空間。公演のチラシにのっているみたいに、リングがスモール・アイランド的に引かれている感じで。
── 展示とダンスを同時にやるパターンは今までないですよね。
ないですね。空間が変わるとダンスって本当に変わるので、同じ振りをしていても違うものを見てるような感覚にとらわれると思います。ダンサーはすごく大変だと思いますけど。
『ロミオORジュリエット』(2008年)世田谷パブリックシアター photo: Kneki Iida
── 『スモール・アイランド』というタイトルにはどのような意味が含まれているんですか?
以前海外へ行ったときに、誰かを励まそうと思ってシャレで、「そんなことないよ。私たちだって小さい島からやってきたんだから」って言ったらものすごくウケたんですよ(笑)。なんでウケたんだろうってみんなでたまたま話し合う機会があって、「狭い空間に人がいるっていうことがどういうことなのか」っていうことをやろうとなって。で、狭いっていうことを考えると整理されている。じゃあ狭いところは常に整理されているというのをやろうと。
日本は確かに小さい印象をうけますけど、ヨーロッパに行くと、大国の内に入る国ではないかとも思っているんです。その微妙なバランスのこととか。たとえば、ニューヨークでもアメリカという広い国の中でアイランド的なところにみんなが集まってくる。子どものときは両親がいるから「部屋の中にいる人」なんですけど、大人になるに連れてスモール・アイランドとはいえ、部屋から出て「部屋を持つ人」になっていくということをやろうとしています。実はいま、先が見えなくて困っているんです(笑)。
── もうすぐ公演がせまっていますよね。
考えれば考えるほど、難しいですね。強くこれはできるっていうことがまだ見えてきていなくて…ちょっとでも、いま感じることをやろうとしているんです。昨年、世田谷パブリックシアターで10周年公演をやってたくさんの方に観ていただいて。でも、自分が本当につくりたいというよりかは、劇場空間に合わせてダンス的なものをつくろうという思いが強かったんです。だから、いまは自分たちの好きなことをやってみようというのがあって。本来だったらまた来年もパブリックシアターでっていう流れが普通なんですけど、それも断って、今回は「ここでやるぜ!」みたいなことになりました。面白くはなってきているんです。自分たちのやりたいことを時代に合わせてやっていきたいと思っています。
── 今回のテーマはありますか?
テーマになっているのが、同じ道をいつも通る。帰り道の合間に、よそ道しないで常に同じ道を通る。猫が必ず同じ道をパトロールするみたいなことをダンスの中ではテーマにしています。違う道を通ってみよう、ではなくて、同じ道で何が悪いみたいな(笑)。
いわゆる「スモール・アイランド」と聞いて日本人が、「あ~自分たちの国だな」って思うようなところから始まっていく。いまの日本が持つ環境であったりとか、これからどうやってくの?わかんねぇよ(笑)みたいな感じになっていく。それを一緒に考えましょう、と。でも、内容はそんなに難しくもないです。なんていえばいいんだろう…チラシにも書いてあるんですけど、「とにかく何かの途中です」ということです。劇場じゃないので、間近にダンサーがいる空間でどんなふうに変わっていくのか面白いと思います。
── 見どころは。
すぐに体がぶつかりあったりとか、体がすぐそこにあったりとか、やっぱり展示作品と身体がどういうふうに関わっていくかということができれば一番いいですね。
── 今後やってみたいことはありますか?
断然映画がやりたい!映画監督はたぶん無理なので、脚本を書きたいです。まずは今年12月から短編を撮ることが決まっています。今まで脚本や映像などはやりたくてもダンスがあってなかなかできなかったので、来年は力を注いで形になるようなものを残していければなと思っています。
(取材・文:牧智美 / 協力:プリコグ)
■矢内原美邦(やないはら・みくに)PROFILE
ニブロール主宰。大学で舞踏学を専攻、在学中にNHK賞、特別賞など数々の賞を受賞。ブラジル留学後、97年に、ダンス、衣装、映像、美術、音楽、ジャーナリズムの各分野で活躍するアーティストを集めたパフォーミング・アーツカンパニー、ニブロールを結成。国内外のダンスフェスティバルに招聘され公演をおこなう。00年文化芸術祭入選、02年ナショナル競技委員賞受賞。
05年、吉祥寺シアターのこけら落とし公演を契機にソロ活動ミクニヤナイハラプロジェクトを始動し、劇作・演出を手がける。同プロジェクト第2弾となるソロダンス作品『さよなら』が第一回に本ダンスフォーラム賞を受賞、第3弾作品『青ノ鳥』が第52回岸田國士戯曲賞最終候補作品となるなど、演劇/ダンス両分野から高い評価を受けている。
矢内原美邦ブログ
【今後のスケジュール】
★ニブロール『コーヒー』 北米ツアー(サンフランシスコ、シカゴ、コロンバス)
2009年1月27日~2月23日
★ミクニヤナイハラプロジェクト『青ノ鳥』
2009年2月21日・22日
会場:NHK みんなの広場 ふれあいホール
ニブロール新作展示/公演『スモール・アイランド』
2008年11月19日(水)~21日(金) 各日20:00スタート
11月22日(土)~24日(月・祝) 各日14:00スタート/19:30スタート
会場:横浜創造界隈ZAIM(横浜市中区日本大通34)[地図を表示]
※全9回公演、各回定員60名
振付・演出:矢内原美邦
映像:高橋啓祐 / 衣装:矢内原充志 / 音楽:スカンク / 照明:滝之入海 / 美術:久野啓太郎 / 制作:伊藤剛
ダンサー:カスヤマリコ、黒田杏菜、橋本規靖、福島彩子、藤原治、ポディポエット・カズマ・グレン
お問合せ:プリコグ
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