元々は10年以上に渡りパレスチナを含む世界の紛争地帯でショッキングな報道写真を撮っていた村田さんは、ある時期から紛争とは程遠いような美しい写真を撮り始める。しかし写真を撮っている土地は変わってはいない。 パレスチナで紛争が起こっていることは紛れもない事実だが、その報道の過熱ぶりにより、パレスチナ=紛争地帯というステレオタイプなイメージが世界的に定着したのも事実だろう。 村田さんの写真が変わり始めたのは、そういう状況に疑問を抱き始めてからであり、その写真は戦地を写しながらも、地獄とも楽園とも異なる、不思議な旅情に満ちたパレスチナの情景である。
映画の上映が終わると村田さんが登場し、ついさっきまで市民の怒号や銃声が絶えない様な紛争の映像が映し出されていたスクリーンにうって変わって静かで美しいパレスチナのイメージが映し出された。それにあわせ、時折村田さんの朗読が重なる。 以下に当日配布されたテキストと写真の一部を掲載。
éclipser
光と影の聖地パレスチナによせて
パレスチナに関する報道。その映像、写真、記事、人々の脳裏に植え付けられたイマージュ。それらは多くが戦争、紛争に関係するものであり、死、哀しみ、憎悪に関係づけられたものである。そして、多くの人々が、少なからずそれを鵜呑みにしてしまっている現実があるように思う。
しかし、それらの事実がありながらも、やはりパレスチナ(国家や人種などを特定するものではない、歴史的な呼び名としてのパレスチナ)は、圧倒的な聖地であり、圧倒的な歴史とそこから迸る未来が約束された地でもある。表現を変えれば、だからこそこれほどの紛争地と化しているのであり、多くの人々の苦しみや困難が長い間続いているのだともいえるかもしれない。長い間というのは、現在のいわゆるパレスチナ問題に留まらず、有史以来の幾多の戦乱のことであり、現在の紛争もその流れの中のひとつに過ぎない。
もちろん、当事者としての人々の苦しみや苦悩は、私たちの想像を絶する次元にあり、またそれは私たちが安易に共感したり、同情したりといったことを超えた極みにある。 では、パレスチナやその他の世界の場所を訪ねて、そこで何らかのイマジネーションやインスピレーションを得た私たちが出来うることは何なのか。そして、表現者としての私たちにもし何らかの義務があるとすれば、どういう表現をして、人々に伝えていけばいいのだろう。誰もが問いつけられる命題に、私も何度も突き当たり、現場で身動きが出来なくなることもしばしばあった。
今回のスライドトークは、そういう中から生み出された答えに至る過程である。もちろん、完全なる完成というのはあり得ず、自分がどこまで見通し、写真として表現できうるかという果てしなき道のりでもある。しかし、目の前のセンセーショナルな情勢に惑わされずに、長い時間をかけてこの地に漂い続ける、ある同じ感覚、匂い、人々の記憶に擦り込まれた慣習、そして未来へと同じように続いていくそれらを、ささやかながら私も感じて、それを表現していけたら素晴らしいことだと思う。その感覚を少しでも多くの人と共有できるとき、現代社会に表出している多くの問題も、自ずから霧散していくだろうから。
── 2008年10月19日 村田信一
また村田さんは写真だけではなく映像表現も試みており、その一部は下記のサイトで見られる。ニュースで見るパレスチナとは違う、また別の表情をしたパレスチナを見て頂きたい。
TRAVEL OVER THE SACRED GROUND #01
写真家・村田信一 聖なる道を辿る旅 プロローグ - GHTV
http://www.groovinhigh.tv/video/murata001
村田信一 プロフィール
1990年以来、ドキュメンタリー写真家としてパレスチナ、ソマリア、ボスニア、チェチェン、アルジェリア、コンゴ、ルワンダ、ブルンジ、コソボ、イラク、レバノン、シエラレオネなど戦場を主に撮影。最近では、戦場だけではなく、スイスやハワイでも撮影し、広い意味での旅的な写真にも取り組んでいる。いわゆる戦争報道やフォトジャーナリズムとは一線を画した新たな表現を志向するとともに、戦争報道にとどまらないより本質を表す表現を追求している。近著に「バグダッドブルー」(講談社刊2004年)。2009年2月にコニカミノルタプラザで写真展開催予定。
公式サイト
http://web.mac.com/shmurat/
DVD情報
DVD『1000の言葉よりも ─報道写真家ジブ・コーレン』
2008年11月7日(金)発売
価格 : 3,990円(税込)
監督 : ソロ・アビタル
出演 : ジブ・コーレン、他
購入はコチラ
果てしなく続くパレスチナ問題。その最前線でシャッターを切り続ける、戦場カメラマン、ジブ・コーレンの生き様に迫るドキュメンタリー!