2010-05-04

『春との旅』クロスレビュー: 様々な信頼関係のかたち このエントリーを含むはてなブックマーク 

 友人だからといって、友情しかないわけではなく、恋人だからといって男女の愛情しかないわけではない。単語一つで人間関係のカテゴライズができてしまうが、よく観察してみると、そこには複数の意味や形を含んでいることがわかる。友達のような感覚になれる親子や恋人だっているだろうし、その逆も然り。人と人との関係はその時々によって様々な形状へと変容する。それは信頼関係を強く築いている者同士ほど、結ばれた糸の色や形状のバリエーションが豊かな気がする。本作の忠男と春の関係も、「祖父と孫」という言葉一つだけでは伝えきれないほど、柔らかく温かく強い糸で結ばれていた。
 
 春が失職をきっかけに発した一言から、忠男は自身の終の住処を見つけようと家を飛び出す。春への愛と怒り、そして惨めな自身への怒りが忠男の表情に滲み出ており、ただただ痛々しい。だが兄弟の家を訪ね現実の厳しさに直面する度に春に甘えてしまう、そんな様子は祖父の威厳は何処へやら。無邪気な子どものようでもある。
 また母親に先立たれた春にとって、忠男は唯一の心の寄りどころである。我が儘にうんざりさせられながらも、つい忠男を許し、慕い、守ろうとがむしゃらになるのだ。
 忠男と春の関係は、主従の関係が常に入れ替え可能であり、そのようにして互いを支え合っていく。いつしか二人は離れがたい関係であることを再確認するかのように旅を続けるのだ。坂道をじゃれ合いながら一緒に歩く姿は友達同士であり、親子であり、恋人である。またラストのシーンにも母と遊び疲れて眠る子どものような二人がいる。

 老いていくこと/死に行くことが、物語の根底に敷かれている本作は、切なさと悲しさが終始つきまとう。だが信頼関係で結ばれた春と忠男を、深い愛情のヴェールが包み、そのヴェールが作品全体の温かみを作り出していた。

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