2009-05-03

視ること このエントリーを含むはてなブックマーク 

十数年前、ロンドンでキェシロフスキ監督の映画を数本観た。「愛に関する短いフィルム」、「二人のベロニカ」、「トリコロール/赤の愛」など。印象的だったのは、どの映画でも、誰かしらが何処かしらで、覗き見をしていることだった。どの映画でも、登場人物が小さな隙間から、何かをじっと凝視している。これは監督自身なのだなと思った。そして、私も監督の視線をたどって何かをじっと視た。じっと視ることは個人的な体験になった。そして、その体験はまだ記憶として残っている。そんなことは稀で、だから、そんな映画を作った監督のドキュメンタリーがあると聞いたとき、観たいと思った。

映画「スティル・アライブ」では、監督を知る多くの人たちが、彼と一緒に過ごした時間や空間のことを語っている。もちろん、彼の人となりや作品のことも。その合間に、撮影風景や幼少時代の写真、監督として成功してからのポートレイトなどが大写しになる。いろんな情報の咀嚼で忙しかった頭が、その時だけはっとして止まった。じっと視てしまう。ときどき彼の写真もこちらを視ている。

孤独な子供時代を過ごし、女の子たちに人気だったハンサムな青年が、なぜ映画を撮り始めたのか、どうして「殺人に関する短いフィルム」のような作品を作ったのか、映画で何をしたかったのか ― そんなことは何も分からない。ただ、映画を観終わったあと、彼の静かな視線のことをしばらく想った。

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くり助

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