2009-03-13

◆恋愛映画の皮を被ったホラー映画かもしんない このエントリーを含むはてなブックマーク 

 予備知識としてちょっと痛そうな恋愛映画だというつもりで観に行ったら、これはスリルもサスペンスもないけれど、日常にありうる恐怖と狂気を描くホラー映画かもしんないと感じたです。それほど怖い映画です「失われた肌」。

 主人公のリミニと、その妻ソフィアの結婚12年目のパーティから映画は始まるが、もう最初っからヤバいですソフィア奥さん。露骨にオカシイんじゃなくて、その表情やちょっとした態度行動から、どことなく狂気を感じさせる雰囲気を漂わせており、リミニの対照的に冷めて無関心な態度が、ソフィアの狂気を一層際立たせている。
 
 で、何が怖いってソフィアの眼がコワイのだ。目の玉がでっかく、じーっと見つめられると説得力ありすぎというか、私の言うとおりでしょ、ね?ね。という感じで有無を言わせない。やんわりと静かに押しつけがましい(笑)。これじゃあリミニ君ウンザリするよなあ、と思ってたら、案の定オープニング10分も経たないうちに離婚宣言。まあ、12年もよく我慢したですよリミニ君。
  
 さて、離婚したリミニとソフィアはもちろん、別々に暮らしては行くのだが、別れてもソフィアは自分の主張、自分の思っている事を例によってやんわりと押し付けてきて、リミニ君超うんざり。これじゃあ離婚した意味ぜんぜん無し。リミニに新しい恋人ができてステキに過ごしていても、ソフィアの影が暮らしの中に見え隠れしてきて、それがプレッシャーとなってリミニを押しつぶしてゆく。
 
 基本スケベではあるけれど、真面目で無口でセンシティブなリミニは、そんなソフィアの狂気にどんどん引っ張られてしまい、自分の幸せや平和、仕事までもぶち壊されて、追い込まれてゆく。果たしてリミニの逃げる場所はこの地球上にはなく、結局ソフィアの思いのままに生きてゆくしかないのだろうか?
 
 監督のヘクトール・バベンコが描く、ソフィアという女の持つ狂気は、観に来た男性観客の金玉をぎゅうぎゅうに縮み上がらせるほどの恐ろしさ。こんな女に捕まっちゃったら人生あきらめるか死ぬしかないだろ?、と言われているようでマジ怖い。
 
 怖い部分全部書いちゃうとネタバレになっちゃうが、ひとつ怖かったのが、リミニの新しい妻との間にできた赤ちゃん(それがまた分娩にも立ち会った、リミニが本当に愛する赤ちゃんなのだが)のベビーカーを、街で会ってしまったソフィアが「押させて」と言って、もう眼がイッちゃつてるような笑顔でベビーカーと共に歩くシーン。
 
 うわあこの女にベビーカー渡したらヤバイだろ、なんかイケないことしちゃうんじゃないか、道路に押しだすとか坂道で手を放しちゃうんじゃないかとか。観客のドキドキ感はホラー映画の比ではない。なんたって日常的なシチュエーションなんだもの。誰にでも起こりうる恐怖ってのがこれほどヤなものだとは思わなかった。
 
 どことなく欧州の街並みを思わせるブエノスアイレスの落ち着いた美しい風景が、日常にある狂気とその狂気に捕まってしまった繊細な男の心の寂しさを一層際立たせる。あきらめちゃイカンよリミニ君。でもどうしたらイイのか、オイラにも解らん、という感じで、実はこれ、立派なホラー映画なのであります。その場で「わあ!」と怖くなるのではなく、ココロに直接しみ込むような、後からジワジワ効いてくるボディブローホラー。
 
 あきらめの境地にも似た無常感を持つリミニを演じたガエル・ガルシア・ベルナルは、情けなくもリアルで悲しい心情を演じて見事。また存在そのものが狂気(というか凶器)のようなソフィア役のアリアナ・コウセイロの演技も神懸り的。オシャレな恋愛映画のつもりで観に行ったら、マジ痛い目に遭いそうな、長い間ココロにいろんなものを残してくれる作品だ。

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